荒野の妖精 17
「行くしかないって事に関しては賛成ですけど……」
ショウガショウガと絡まれた時には大外れの世界を引いたとまで覚悟していた京平である。ほんの僅かでも可能性が有るならば乗らない手はない。
「場所の検討はついてるんですか?」
ある程度当たりが付いていてほしいという希望を込めて、京平が尋ねる。腐る程あるという廃坑を虱潰しに探すとなると、間違いなく時間切れになるだろう。
「そうだな……」
バルドファルグリムは懐から一枚の紙を引っ張り出すと、京平の前に広げた。どうやらこの世界の地図らしく、地形が簡素なイラストで表されている。そして至る所に丸やバツといった印が書き込まれていた。
「この辺りの廃坑は、例のショウガ野郎共の根城になっててな……」
そう言いつつ、地図に書き込んだ丸印を次々と指差していくバルドファルグリム。
「何でわざわざ廃坑に住み付いてやがるのかは知らねぇが……少しばかり匂うとは思わねぇか?」
「確かに、不思議な気はしますけど……それとこれとは話が別じゃ……」
街ではなく廃坑で暮らしているというのは気になるが、京平の中では叡智の墓場の場所とは結びつかない。
「これはワタシの想像に過ぎないんだが……」
バルドファルグリムがもったいをつけるかのように間を取ると、釣られるかのように京平は身を乗り出してしまう。バルドファルグリムはその姿に満足そうな笑みを浮かべると、言葉を続けた。
「連中、どうやら墓守っぽいんだよ」
「墓守、ですか……」
京平はショウガショウガと騒いでいた連中の姿を思い出す。仮にも叡智の墓場と称される場所の守り手だとすると、色々と残念な気がする。
「そう思う気持ちはよく分かる。だけど、そもそものネタ元が連中なんだよ。じゃあ、可能性は無きにしも非ず、だろ?」
そんな想いが表情に出ていたのか、エスがフォローを入れてくる。
「ネタ元、ですか?」
「まあな。ま、連中が揃いも揃ってショウガで幻覚を見てる可能性も否定出来ないけどな」
エスの軽口に、バルドファルグリムは面白くなさそうに肩を竦めた。
「あのショウガで見れるとすりゃ、悪夢がいい所だろうよ」
「叡智の墓場なんて訳の分からない物は、十分悪夢の範疇だと思うぜ」
「そうか?ショウガの……」
「で、ネタ元ってのはどういう事なんですか?」
二人の話がショウガへと逸れていくのを、京平が慌てて止める。
「簡単な話さ。連中にだって己の存在意義に疑問を抱く程度には賢い奴がいるんだよ。何が悲しくて廃坑なんかに住まなくちゃならないのかって、愚痴るくらいにはな」
愚痴りたくもなるだろう、と京平が頷く。
「それを聞きつけたリーダーはもうブチ切れでよ。叡智の墓場があるからに決まってるだろうが、とそいつをボコボコにする始末さ」
「……さもありなん、という感じですね」
ジンジャーエールを飲む飲まないであれだけキレるような連中である。己が使命に疑義を抱いてボコボコ程度で済むなら、まだ優しい気すらする。
「で、それを聞きつけたワタシ達はその叡智の墓場について調べる事にしたんだが……」
「これがさっぱり要領を得ねぇ。叡智の墓場を知ってるのはショウガ野郎共だけ。街の人間に訊いたってろくな答えは返ってこないしな」
「ならショウガ野郎に訊くしかないと直接訊いてみたんだが……」
「よく答えてくれましたね」
バルドファルグリムに訊かれて連中が素直に答えるようには思えない。
「そりゃ、やりようは幾らでもあるさ」
京平の問いに悪い笑顔で答えたバルドファルグリムは、詳細は答えずに話を続けた。
「連中、馬鹿の一つ覚えのように廃坑の奥には叡智の墓場がーって言う割には、叡智の墓場が何か知ってる奴はいねぇし、見た事がある奴もいねぇ」
「どの廃坑に行っても結果は同じ。いるのは奥に叡智の墓場があると信じてるショウガ野郎だけ」
エスからは心底うんざりしている様子が伝わってくる。
「逆に連中が居ないところはどうなんですか?実は連中はダミーとか」
京平の思い付きに対し、バルドファルグリムは背後を親指で指した。
「?」
意味が分からない京平が首を傾げると、バルドファルグリムは心の底から呆れたとばかりの大きなため息をついた。
「ここがそうなんだよ。ここを含めて何か所か逆張りで誰も住んでねぇ場所も行ってみたけどな。何にもねぇ。廃れた廃坑とでも言うしかねぇ場所さ」
「……なるほど」
「実際のところショウガ野郎共は、ほぼダミーなんだろうな。問題は本当に当たりがあるのか否か」
エスが地図の丸印を次々と鋏で指していく。
「そりゃ、あるにはあるだろう。あれだけ連中が言ってるんだしよ……」
そう答えたバルドファルグリムだったが、どこか自信無さそうにも聞こえる。
「あんた、自分の運には自信が?」
エスが揶揄うように尋ねると、バルドファルグリムは不貞腐れたように答えた。
「無い」
「だろ?」
それを聞いたエスは、さも愉快気に鋏を振る。その姿にバルドファルグリムは舌打ちで応え、京平へと向き直った。
「せっかくだから、何処へ行くかはオマエが選べ。印を付けている所はワタシ達が当たりをつけた場所だが、勿論全然違っても構わない。何処でも付き合ってやる」
「いきなりそんな事を言われても……」
運に自信が無いのは京平も同じだった。これまでの『おねリン』の引きで自信を持てと言う方が難しい。
「少なくとも、この世界でワタシと出会ったんだ。ワタシよりかは持ってるだろ?」
そう言ってウインクするバルドファルグリムに、京平は小さく首を横に振った。
「物は言いようですね。逆に言えば、バルドファルグリムさんがこの世界で俺を見つけた訳で。運気が上がってるとも言えるんじゃないですか?」
「ハハ、確かに」
上機嫌になったバルドファルグリムをエスが窘める。
「よせよせ。そうやって調子に乗って上手くいった事が?」
「……無い」
「だろ?初志貫徹、そいつに選ばせた方がいいって」
鋏で京平を指す。
「だそうだ。ま、ここまで散々外してきたからな。今更、一回や二回外れが増えたところでどうってことねぇよ。気楽に選びな」
「……はぁ」
気乗りしない返事をしつつも、京平が地図へと目を向けた。どうせ外すなら自分で選んだ方が納得も出来る。
「……そうですね。こことかどうです?」
そう言いつつ一つの丸を指す。当然、何か根拠があって選んだわけではない。強いて言うなら、他の丸に比べて綺麗な円で目を引いた、からだった。
「よし、じゃあ、善は急げだ。早速行くか」
京平の選択に異を唱えることなく頷いたバルドファルグリムが勢い良く立ち上がる。
「それは構いませんけど……何か作戦とか考えなくて……」
その言葉にキョトンとするバルドファルグリムの姿に、京平の脳裏には別世界の人物の言葉がフラッシュバックしてきていた。
「力で押し通る」
「力で押し通るっすね」
「力で押し通りますわ」
そして無情にも現実で聞こえてきた言葉も同じだった。
「は?そんなもん、正面から行きゃいいだろうが。力で押し通るのが手っ取り早い」
バルドファルグリムの不敵な笑みがジェノ達の笑顔と被る。
「ハハ、そうですよね、そんな気はしてました」
結局、力の差があれば正面突破に勝る方法はないのかもしれない。諦めたような曖昧な笑顔を浮かべた京平はため息と共に頷く。
「よし、じゃあ、行くぜ?」
バルドファルグリムはエスを肩に乗せるとベースをかき鳴らし始める。それを見た京平は無言で頭を振り出す。
「行くぜ!」
一際大きく弦が旋律を奏でた次の瞬間、京平達は目的地へと跳んでいた。




