荒野の妖精 15
「なるほど、なるほど。『おねがいリンカーネーション』、ねぇ……」
京平の話を聞き終えたバルドファルグリムは、思うところがあるのか眉間に皺を寄せ何事か考え込む。
「『おねがいリンカーネーション』略して『おねリン』か。いやいや、異世界には面白い事を考える神もいたもんだな」
エスはよっぽど『おねリン』の響きが気に入ったのか、鋏を震わせては『おねリン』を連呼している。
「そんなに面白いですかね……」
与太話だと一蹴されなかった事については一安心した京平だったが、こうも笑われるとそれはそれで不安になってくる。
「面白いに決まってるじゃねぇか。行先不明の異世界道中なんて、まるでオレ様達みたいだしな」
そう言ったエスに鋏で指されたバルドファルグリムは、呆れたように言葉を返す。
「楽しんでるのはオマエくらいなもんさ」
「そうかい?」
「……そうだよ。どこへ行けるか分からないってんじゃ、そう簡単には目的も果たせやしない。だろ?」
「えっ?まあ、そうですね」
急に話を振られた京平は曖昧に頷いた。その口ぶりからは彼女達も何らかの事情を抱えているらしい。それが何かは皆目見当もつかないが、少なくとも自分達が異世界ガチャに悩まされているのは事実だ。
「全く、神ってのは本当に面倒な事しかしやがらねぇ」
バルドファルグリムがそう吐き捨てると、今度はエスが呆れたように言った。
「そう言うんならよ。もう止めちまったっていいんじゃねぇか?だってもう、今更だろうがよ」
その言葉に鼻白んだバルドファルグリムに睨まれたエスだったが、感情の読みようのないその蟹の姿で飄々と受け流してしまう。毒気を抜かれたバルドファルグリムは、大きなため息をつくと肩を落とした。
「まあ、最悪ワタシのは叶わなくったっていいけどよ。コイツはそうはいかねぇだろうが。何せ懸かっているのがダチの命ときてる」
京平は黙って頷いた。この先、何が待ち受けていようとも諦めるつもりは毛頭ない。
「ダチは……大事にしないとな」
その呟きは、どこか苦い響きを帯びていた。その表情に僅かな悔恨の色を浮かべたバルドファルグリムは、京平から視線を逸らすように遠くへと目を向けた。
「……バルドファルグリムさんにもいるんですか?その、大事な友達とか……」
今までとは打って変わった昏い表情に、思わず尋ねてしまう京平。その問いに一瞬逡巡する様子を見せたバルドファルグリムだったが、やがて小さな笑みを浮かべたが、翳は消えていない。
「……ああ、いる。……いや、いた、と言うべきか。何せ、今では不倶戴天の敵同士だからな」
「不倶戴天、ですか……」
その大仰な響きからは、ただ事ではない感じが伝わってくる。
「ああ。ワタシとアイツは、文字通り、もう同じ天を戴く事は出来ないのさ」
そう言ってバルドファルグリムは天へと手を伸ばすが、その手はただ空を掴むのみだった。その姿にかけるべき言葉を見つけられない京平は、黙って彼女を見ているしか出来ない。バルドファルグリムはその視線に気付くと、おかしそうに笑った。
「なんでオマエがそんな顔をしてるんだよ。こんな事、よくある話じゃねぇか」
友達同士が不倶戴天の敵同士になる。勿論、無い話では無いとは思う京平だったが、よくある話だとは思えない。そんな心の内が漏れ出た京平の表情は、全くと言っていいほど納得した様子が見えなかった。その事に気付いたバルドファルグリムは、呆れたように肩を竦めた。
「ちょっとした運命の悪戯。神の……悪意って奴だよ」
明るく振る舞うバルドファルグリムだったが、やりきれない思いはあるのだろう。悪意、という単語には、微かな怒りを感じないではない。
「よくある話には聞こえないですけど」
京平の素直な感想に、再び肩を竦めるバルドファルグリム。
「そうか?本当によくある話なんだよ……そうだな、オマエの事情だけを聞きっぱなしってのもフェアじゃないな。まあ、大した話でもないが聞いてくれ」
そう言うや否や、京平の反応を待たずして話し始める。
「かつてワタシの住む世界には神々がいた。今では旧き神と呼ばれるその神々は、世界の諸々を司っていた。彼等の加護の元、ワタシ達は何不自由なく暮らしていた。そんなある日、それはやって来た」
当時の事を思い出したのか、バルドファルグリムの表情がまた昏くなる。
「それは別の世界からやって来た新しき神だと名乗り、ワタシ達の世界の神を駆逐しだしたのさ。神を殺して世界を破壊し、理を書き換える。奴が何でそんな事をしたのかは分からねぇが、とにかく、とてつもない速さで世界は作り変えられていった。勿論、ワタシ達の神だって、ただ手を拱いていた訳じゃない。幾つもの手段で抵抗したものさ。まあ、全く通じなかったけどな」
まるで己の無力さを嘲笑うかのように、鼻で笑うバルドファルグリム。
「そのうちの一つがワタシさ。『境界』を越え、新しい神を殺す方法見つけ出す。『神殺し』……それがワタシに与えられた使命って訳さ。無論、その事には何の異論もねぇ。自分達の世界を救う為でもあるんだ。なんだってやるさ。だが……」
悔恨に歪む表情を京平に見せまいと、バルドファルグリムの視線が床へと落ちる。
「ワタシにとっては、もう手遅れだったのさ。ワタシが彼方へ旅立とうとしたその瞬間、アイツは変わり果てた姿でワタシの前に立った。理を書き換えられ、新しき神の使徒として」
バルドファルグリムが言葉を切ると、辺りを静けさが支配する。彼女にかけるべき言葉を、京平は思いつかないでいた。予想していたよりも遥かに、よくある話ではない。
やがて大きく息を吐くと、気を取り直したバルドファルグリムは続きを話し出す。
「それからはもう、ただひたすらにワタシの行く手を阻もうとするアイツとの、血みどろの争いの日々さ。な、まさに不倶戴天の敵だろ?」
「それは……そうかもしれませんけど……」
「暫くの間……そうだな、百年位はそうやって争ってはいたんだけどよ、そうこうしている間に旧き神々は全て滅んじまった。そう、アイツは立派に務めを果たしたって訳さ」
そう言うと自嘲気味に肩を竦めて見せる。
「神が滅んじまった事で、ワタシなんか相手にする必要もなくなったんだろうな。今ではもう、姿を見る事すらねぇ。まあ、それも当然か。何百年経っても、未だに神を殺す手段の一つも見つけられねぇんだしな」
「それは……」
何か声をかけなければと口を開きかけた京平だったが、余計なお世話とばかりにバルドファルグリムに手を振られてしまう。
「エスの言う通り、今更なんだよ。だけどな、今更やめる訳にもいかねえだろ?今やめちまったら、アイツと争った百年は何だったのかって話になっちまう……」
「でもよ……」
今度はエスが口を挟もうとするが、目で黙らされてしまった。
「今でもたまに思わなくもない。もしかしたら、アイツを助ける事だって出来たんじゃないかってな。ワタシが上手くやっていれば、或いは……まあ、これだって今更なんだけどよ」
力無く笑ったバルドファルグリムは、少し表情を和らげた。
「そんな今更なワタシと違って、オマエのダチにはまだ希望がある。じゃあ、オマエは『境界』の先に何が待ってようとも行くしかない。だろ?」
「はい」
京平がきっぱりと頷く。バルドファルグリムの言う通り、『おねリン』で何処へ転生させられようとも、自分はそこで高坂を救う手段を探すだけだ。
「いい返事だ」
京平の答えにバルドファルグリムは、満足そうに笑う。
「とにもかくにも、オマエは『境界』を越えてここに来た。まあ、ショウガショウガってうるせぇクソみたいな世界だが、来ちまったからにはしょうがねぇ。少しでも意味があるものにしようか」
「それは……勿論、そう出来ればいいですけど。でも、どうすれば……」
考え込む京平を、バルドファルグリムは呆れたように見つめた。
「おいおい、オマエの目の前にいるのは、この世界の偉大な先達たるバルドファルグリム様だぜ。まあ、任せておけって」
「でも、それじゃバルドファルグリムさんの……」
遠慮する京平を見るバルドファルグリムの表情が、なお一層呆れたものになる。
「オマエ、ちゃんとワタシの話を聞いていたのか?こっちはもう、今更なんだよ、今更。じゃあ、まだ未来がある話に乗った方が面白いに決まってるじゃないか」
「……」
「それに、こんなワタシでも誰かの役に立てたなら、ここまでのクソみたいな旅路も無駄ではなかったって、そう思えるかもしれないしな。ようはワタシの自己満足。だから……」
そう言って京平に歩み寄ったバルドファルグリムは、その背をバンバンと叩いた。
「旅は道連れ世は情け、だ。オマエは難しい事を考えずについてくりゃいいんだよ。ま、嫌だと言っても無理やり連れて行くんだがね」
「そんな、嫌だなんて言いませんよ」
バルドファルグリムの冗談めかした言葉はどこまで本気かは分からない。だが、力を貸してくれようとしている想いは、十分に伝わってきていた。
「そうそう。人間、素直が一番だぜ」
そう言って満足そうに頷くバルドファルグリムに、京平は素朴な疑問をぶつける。
「何か心当たりがあるんですか?」
「勿論。そうじゃなければ、こんな話はしねぇって」
答えるバルドファルグリムは、これ以上ないほどのドヤ顔だ。




