荒野の妖精 12
外はすっかり夜になっていた。辺りを包むひんやりとした空気に、京平は思わず身を竦ませる。
「さて、と。あいつら追ってくるかねぇ」
そんな京平の様子を知ってか知らずか、女性は歩き出しながら暢気な口調で問いかけてきた。とりあえずその背を追う京平の手の中で、エスが呆れたように答える。
「そんなの追ってくるに決まってるじゃねぇか。逆の立場で考えてみろよ。あんただったら、このままオレ様達を大人しく逃がすのかい」
そして蟹の体とは思えぬ器用さで、女性の肩へと飛び移った。
「さあな。ワタシなら、そもそも逃がすようなヘマはしないさ」
「あーあー、そうでしょうともよ。聞いたオレ様が悪かった」
エスが腹立たし気に鋏をブンブン振り回す。
「まあ、別にワタシだけだったら追われても構わないんだが……今回は、この兄ちゃんが居るしな」
誰のせいで追われる羽目になったのか、との文句が喉まで上がってきた京平だったが、何とか飲み込んだ。今のところ、この世界で頼れそうな相手は目の前の女性しかいないのだ。わざわざ面倒を引き起こしそうな行動を取る事もない。角が立たない答えでも返してやり過ごそうと考えた京平だったが、なかなかいい言葉が出てこない。そうこうしていると返事が無い事に焦れた女性が振り返り、小さく身を震わせている京平の姿を目にする。
「ん?何だオマエ、震えてるじゃねぇか。もしかして、ビビってんのか?」
そう揶揄われては、京平も黙ってはいられない。
「寒いんですよ」
ムッとした口調で言い返す。
「そりゃまあ、そんな恰好なら寒いだろうさ」
真夏の現世からやってきた京平の半袖シャツ姿に、女性は益々呆れた口調になる。
「……悪かったですね」
次からはもう少し厚着で転生に臨むべきかと頭を悩ませる京平。今回はまだ震えるだけで済んでいるが、真冬の雪山にでも放り出されたら命に係わるだろう。とは言え、行先の環境が全く分からない以上、有効な準備は不可能に近い。
「……結局、運任せの出たとこ勝負か……」
それも込みでの『おねリン』だと思うしかないのだろう。
「ん?何か言ったか?」
自分の自嘲気味な呟きを聞き取れなかった女性に対し、京平は何でもないと言った風に首を振って見せた。
「何でもないならそれでいいんだけどな。ま、寒いってんなら跳ぶとするか。ついでに追手も撒けるだろう」
その言葉に、エスが女性の肩の上で驚きの声を上げた。
「おいおい、こんな所で跳んで大丈夫なのかよ!」
「何とかなるだろ。今日は調子いいしな。それに、そこに兄ちゃんもいるじゃないか」
その言葉の意味する所を理解した京平は肩を落とす。どうやら首の危機はまだ去っていないらしい。
「……またですか……」
「あん?ワタシは別にオマエを置いて行ったっていいんだぜ?」
「振ります!振ります!回します!」
何があろうとも、ここに置き去りにされる事だけは避けなければならない。
「よし、じゃあ、全力で行けよ!さもないと、とんでもない所に跳ぶ事になるぜ!」
女性がベースをかき鳴らし、詠唱を始める。それに合わせ頭を振り始めた京平だったが、女性の言葉がどうにも気になっていた。
「……とんでもない所って、どんな所ですか?」
「そりゃ、石の中とかそんな所だよ」
詠唱に忙しい女性に代わり、エスが答えた。
「……石の中」
「ここじゃ、あいつの魔術もホントに安定しないからな。お前次第で精度が決まると言っても過言ではないかもしれないぜ」
「マジかー」
頭を抱えたいところだが、ヘドバン中だけにそうもいかない。とにかく無我夢中で京平が頭を振っていると、女性のベースが黄金色の光を放ちだし、やがてその光は一行を包み込む。
「行くぞっ!アジトっ!」
最後は女性のコールに応えるかのように、光と共に京平達の姿が消えてしまう。詠唱に気付いた男達が酒場から飛び出してきたが、時既に遅し。ネオンの灯りの中、誰もいない街の風景を見る事しか出来なかった。




