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荒野の妖精 9

「蟹?」


 京平が驚くのも無理はない。投げて寄越された()()は、沢蟹にしか見えなかったのだ。


「まあ、ちゃんと捕った事は褒めてやるけどな」


 蟹が小さな鋏を振り上げつつ偉そうに話す姿を、京平はただ呆然と見つめていた。異世界なのだから蟹が喋る事だってあるだろう。だが、荒野の酒場で謎のベーシストから蟹を投げ渡されるというシチュエーションは、とてもではないが予想できない。


「後、オレ様にはエスって名前があるんだ。蟹とか呼ぶな!」


 エスが鋏を振り回し抗議する。


「あっ、はい、すいません」


 何となく釈然としない京平ではあったが、とりあえず頭を下げる。それを見ていた女性は、楽しそうに茶々を入れてきた。


「いやいや、どっからどう見たって蟹だろう?そりゃ、蟹呼ばわりもされるって」

「は?誰のせいでこんな姿してると思ってやがる。あんたが毎度毎度、変な生き物指定するからこうなってるんだろうが!」

「これもトライアンドエラーさ。何がワタシ達の求めている力に繋がるか分からないんだからさ」

「少なくとも、蟹で無い事だけは間違いないね」


 女性と蟹の間で緊張感のない軽口が叩かれ合う。軽く無視された形になった男達にしてみれば、面白いはずがない。


「どこまでも舐めくさりやがって!」


 一人の怒声を引き金に、男達の殺意が一気に膨れ上がる。


「やべぇ!」


 危険な気配を察したエスは、口から激しく泡を吐き始めた。泡は瞬く間に京平を覆っていくと、透明な壁となる。


「よし、こっちはオッケーだ。存分にやりな!」

「ハハ、いいねぇ!じゃあ、派手にいくとするか!」


 辺りに激しい弦の音が響き渡る。今までのように一本ずつ弾くのではなく、まさに楽器を弾くかのように四弦をかき鳴らしたのだ。そしてそのままロック調の旋律を奏で始める。


「死ねや!」


 男達は構わず次々に引き金を引く。乱れ飛ぶレーザーが次々に女性に襲い掛かるが、悉く見えない壁に阻まれた。


「……ロッカー?」


 思わず出た京平の呟きをエスが聞きとがめた。


「何だ、それ?」

「ああ、いや、何か歌ってみるみたいだなって」

「は?歌だ?何暢気なこと言ってやがる。どこからどう見たって詠唱だろうが」

「詠唱……」


 確かに自分の世界でも漢字で書けば『詠い唱える』だ。そう考えれば、あながち間違っている訳でもないのかもしれない。とは言え、目の前の光景は京平の思い描く『詠唱』ではない。


「当代随一の魔術師の詠唱だ!心して拝聴しろ!」

「拝聴……」


 詠唱内容は全く理解出来ないが、歌として捉えると確かに聴きごたえはある。それが魔術師としての実力を表しているのかはさっぱり分からないが、心して聴くだけの価値はあるのかもしれない。

 納得したように頷いた京平は、改めて女性へと目を向けた。相変わらず激しい演奏を続けている女性だったが、決して余裕と言う訳では無いらしい。何度となく弾き損ねた光線が、女性の身体を掠めていた。


「ああ、くそっ!やっぱり、この世界はダメだ。今一つノれねぇ……」


 女性は演奏を続けつつも、顔を顰め吐き捨てる。


「じゃあ、もっと激しくいけよ」


 エスが無責任に言い放つが、女性は苦い表情で首を振った。


「だからダメなんだって。世界がノらねえから、力もノらねぇんだよ。せめてオマエだけでもノッてくれればいいんだけどな」

「ノれと言われればノるぜ?」


 エスはそう言うと両の鋏を振り上げ、詠唱に合わせ右へ左へと振ってみせる。


「どうよ?」

「ふざけてんのか?」

「ふざけた身体にしたのはあんただろうが」

「ちっ!」


 こればかりはエスの言う通りだけに、女性も返す言葉を失う。悔し気な舌打ちと共に詠唱に戻ろうとした女性だったが、その目に真剣な表情で聞き入っている京平の姿が映る。


「そうだ、そいつにしよう」

「は?」


 女性のそいつが誰を指しているのか理解出来なかったエスが怪訝そうに訊き返す。


「鈍い奴だな、オマエも。そこの兄ちゃんだよ。そいつはもう、ワタシ達の仲間だ。違うか?」

「俺?」


 いきなりの指名に思わず声を上げる京平。


「オマエ以外に誰がいるって言うんだよ」

「いや、それはそうですけど……」


 事態が把握できずに混乱する京平だったが、女性とエスは勝手に話を進めていく。


「は?こんな奴で大丈夫なのか?」

「少なくとも、蟹よりかはマシだろうさ」

「そりゃ、蟹よりかはな……って、蟹については反省しろよ!」

「はいはい、反省した反省した」


 女性はエスの抗議を受け流すと、京平へと目を向けた。その表情は今までになく真剣だ。


「オマエ、ワタシ達の仲間だよな?」

「えっ?」


 改めて訊かれた京平が、言葉に詰まる。


「仲間、だよな」


 京平が即答しないと見るや、女性は有無を言わせぬ強い口調でもう一度訊いた。こうなると、選択肢は一つしかない。



「……はい」


 京平の答えに、女性は満足げに頷く。


「よし、じゃあ、派手にいくとしようか!頭、ま·わ·せー!」


 その叫びに合わせ、女性の詠唱はより激しくなる。

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