荒野の妖精 8
「ほらほら、どうした?さっさと行くよ?」
女性は、そう言いつつ京平に歩み寄る。それでもまだ迷いがある京平が立ち上がらずにいると、女性は軽くため息をつきその右手を差し出した。
「ほら」
こうなると否が応も無い。京平がおずおずとその手を取る。女性の口元に満足げな意味が浮かんだかと思うと、意外な程の力強さで京平を引っ張り立たせてしまった。
「良し。じゃ、行こうか」
京平の肩を軽く叩き、サッと踵を返した女性は出口へ向かおうとするが、数人の男達がその前に立ちはだかる。
「おいおい、無視とはいい度胸じゃねぇか!覚悟は出来てんだろうな!」
男の一人がそう怒鳴ると同時に銃口を女性に向けると、それを合図に他の男達も銃口を女性に、そして京平にも向けた。
「覚悟、ねぇ……いったい、ワタシが何に対して覚悟する必要が有るって言うのさ?」
相変わらず落ち着き払った女性は、煽るように言葉を返す。そして男達はあっさりとその挑発に乗ってしまった。
「テメェの舐めた決闘の落とし前をつけろって言ってんだよ!」
「だからさっきも言ったじゃないか。ワタシは確かにガンは抜かなかったが、代わりにコイツを構えたろう?」
そう言って首から下げたままのベースのような物を軽く持ち上げて示す。
「それに対し、そいつは文句も言わずにガンを抜いたじゃないか。それはつまり、コイツを武器だと見做したって事だろ?じゃあ、決闘は成立してるじゃないか」
そうだけどそうじゃない、とそのやり取りを見ていた京平が顔を顰める。女性の言っている事は間違っていないが、そんな事は男達にしても百も承知だろう。男達にしてみれば因縁を付けられれば何でもよく、たまたま決闘と言うお誂え向きの題材が目の間に転がっていたにすぎない。
「だから、してねぇって言ってるんだよ!決闘ってのは銃って相場が決まってるだろうが!」
「ハッ!そんな事は知らないね」
お互いに相手を説得する気など皆無なのは誰の目にも明白である。後はどちらの導火線が燃え尽きるかだけの話で、そしてそれは男達の方が早いであろう事も明白だった。そんな状況を、京平は絶望的な面持ちで眺めていた。言葉のラリーは続いたとしても、後二言三言だろう。その後に待ち構えているのは男達の銃口から乱れ飛ぶレーザーである。女性は魔法的な力で身を護れるのだろうが、京平は全くの無防備だ。最悪の結末しか見えない。
「マジかよ……」
ただ呆然と呟く。この状況で出来る事など、女性が自分も守ってくれる事を祈るくらいだ。
「じゃあ、今すぐに思い知れや!」
その瞬間は、京平の予想よりも早く訪れた。男の一人が早々とキレ、女性に向けてレーザーを放ったのだ。
「うわっ!」
青白い閃光は、またもや弦を弾いた女性の眼前で角度を変え、京平を掠めてカウンターに命中した。
「ああ、悪い悪い」
悲鳴を上げた京平に対し、全く悪いと思っていなさそうな女性の謝罪が飛ぶ。
「ちっ、またその手品か……」
撃った男が忌々し気に吐き捨てる。だが、すぐにニヤリと嫌らしく笑った。
「だが、その手品で、どれだけ止められるかな?」
下卑た笑いが男達の間に伝播する。同時にこれ見よがしに、それぞれの銃口を揺らして見せる。
「やってみるかい?ワタシは別に構わないぜ」
小馬鹿にした口調で応えた女性は懐から小さい何かを取り出し、京平に投げて寄越した。
「エス!そいつの事を守ってやりな!」
「いや、いきなり投げんじゃねーよ、バカっ!」
投げられたそれが、空中で毒づく。京平は驚く間もなく慌てて手を伸ばし、毒づき続けながら飛んで来るそれを受け止めた。それは思ったよりも固く、少しばかり尖った何かが掌に刺さる感触まである、
「おいっ!もうちょっと優しく取れないのかよ!」
それは、手の中でも毒づくのをやめない。京平はそっと手を広げ、それが何かを確認し、目を丸くした。




