荒野の妖精 7
銃口から放たれたのは、眩く輝く一筋の光線だった。京平の知るレーザー光線かどうかは分かる由もないが、間違いなく鉛の弾よりかは凶悪で、ベースのような楽器でどうこう出来るとは思えない。次に起こる悲劇を予想せざるを得ない京平だったが、女性に焦りは見えない。寧ろ自分の勝利を確信してるかのような様子に、京平は彼女から目を離せないでいた。
光線は女性を貫かんと一直線に迸る。その場の誰しもが男の勝利を予感する中、女性は大仰な仕草で弦の一本をピックで弾いた。
「!」
まさにベースから奏でられたような低い音が辺りに響く。同時に光線は急に角度を変え、女性を掠めてその背後の壁を穿った。
「残念、外れ」
おどけたように女性が肩を竦める。何が起きたか理解出来ない客達が騒めく中、女性の動きに注目していた京平だけは起きた何かを見ていた。
女性が弦を弾くと同時に、その姿が微かに揺らいだのだ。次の瞬間、光線はその軌跡を捻じ曲げられていた。
「《盾》?」
首を傾げて呟く京平。不可視の何かが光線を阻んだ様子は、まさに京平が知る《盾》の呪文のようである。
「嘘だろ、魔法まであるのかよ……」
SF西部劇と言うだけでもお腹一杯の世界だというのに、更に魔法まで存在するとなると胸焼けがしてしまう。勿論、SF的なテクノロジーの盾の可能性も無い訳では無い。だが、女性がベースを構えた時の騒めきを考えると、一般的な力では無さそうだった。
「さて、次はワタシの番だね」
そう不敵に言い放った女性は、外連味たっぷりに先程の弦とは別の一本を弾く。京平にはストリングポストにしか見えないヘッドの突起が眩く輝いたかと思うと、閃光が放たれる。
「ぐっ」
男のくぐもった呻きと共に、その手から銃が弾き飛ばされた。閃光をまともに受けた男の右手は、酷く焼け爛れていた。
「《電撃》?」
男の銃から放たれた光線と違い、女性の閃光は直線的ではありながらも不規則なジグザグの軌道を描いていた。まるで稲妻のようなその動きは、《電撃》の呪文と言われるのがしっくりくる。
「ワタシの勝ち、だね」
女性がそう言うが、男は当然納得していない。
「ふざけるな!何の手品だ、それは!」
右手を襲う痛みに顔を歪めているが、まだ意気軒昂だ。その様子に女性は面倒そうにため息をつく。
「手品とは言ってくれるねぇ。ワタシにしてみれば、オマエの玩具の方がよっぽど手品なんだけどさ」
「玩具だと!?」
女性がピックで指しているのは、男が無傷の左手で拾い上げた銃らしき物だ。
「詠唱はない。かといって偉業の証を持つでもない。指をほんの少し動かすだけで《電撃》を放てるなんて、どんなカラクリかワタシが教えてもらいたいくらいさ」
店内で女性の言葉の意味を理解したのは、京平だけだった。その京平も全てを理解できたわけではないが、少なくとも女性が何某かの魔術に通じているのは間違いがない。
「は?テメェ、銃も知らねぇとか、ふざけんじゃねぇぞ!」
女性の言葉を全く理解していないであろう男は、益々いきり立っていた。
「ふむ。ガン、と言うのか、それは。……どうだろう?それを譲っちゃくれないか?」
唐突な女性の提案を、男は一蹴する。
「だから、ふざけた事ばっかり言ってんじゃねぇぞ、クソアマ!テメェに銃をくれてやる道理なんざ、どこにもねぇよ!」
「そうかい?ワタシの記憶が確かなら、オマエは決闘に負けたはずなんだがね。じゃあ、ガンの一つや二つ、要求する権利がワタシにはあるんじゃないかい?」
「銃も抜かずに決闘もクソもあるか!」
「確かに、ワタシはガンとやらを抜いちゃいないさ。だが、オマエは抜いただろ?じゃあ、その時点で決闘は成立してるんじゃないかい?」
冷静に話を展開する女性に対し、威勢しかない男は言葉に詰まり顔を歪める。
「それとも何かい?オマエは決闘でなく、ただただワタシを殺そうとガンを振り回した、そう言うのかい?まあ、ワタシは別にそれでも構いやしないんだが」
「テメェが抜けって言ったから俺は抜いた。ここまでは決闘だ。だがな、クソアマ。テメェは銃を抜かずに下らねぇ手品を披露した。これは決闘じゃねぇ。テメェが勝手に決闘から降りたんだ。分かるか?」
それでも何とか自分なりの理屈を捻りだした男だったが、女性には全く響かない。
「手品ではなく魔術だよ、魔術。……まあ、こんな野蛮な世界では理解出来なくても当然か」
「手品だぁ?やっぱり、手品じゃねぇか!テメェ、どこまで俺を舐めくさったら気が済むんだ、ええ?!」
「別に舐めたつもりなんか無かったんだが……その証拠に、下らない決闘とやらにも付き合ってやったじゃないか」
女性は心の底から呆れたと言った感じに大きなため息をつく。その姿に、男は完全にキレた。
「それが舐めてるって言ってるだろうがよ」
そう叫ぶと左手に持った銃を女性に向けようとする。それを見てとった女性はまたもや《電撃》でその銃を弾き飛ばす。
「ああ、もういいや、めんどくさい。そこのオマエ、もう行くとしよう」
両手を焼かれて蹲る男には目もくれず、女性は京平に声をかけた。いつしか周りの注意が自分から逸れている事に気付いた京平は、息を殺して成り行きを見守っていたのだが、その一言で舞台に戻された事を悟った。
どう考えても、この状況で何事もなく店を出られるとは思えない。とは言え、今更ジンジャー入バーボンを呑んで男達の側に付く訳にもいかない。女性は女性でヤバさを感じない訳では無かったが、少なくとも自分に害意はなさそうである。男を圧倒する魔術の力も持っている事を考えると、今のところは女性に付くしかないだろう。
そう考えた京平はノロノロと立ち上がろうとする。だが、それよりも早く仲間をやられた店内の男達がいきり立ち、椅子を激しく鳴らしながら立ち上がった。
「テメェら。このまま無事に帰れると思うなよ!」
既にそれぞれの得物を抜き放っては、思い思いに京平達を威嚇してくる。
「……知ってた……」
予想通りの展開に崩れ落ちた京平が頭を抱える。だが、女性はどこ吹く風と言った様子で、気にする素振りも見せない。




