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荒野の妖精 6

「あん?」


 虚をつかれた男が間抜けな声を上げる。その姿を見た女性はまたもや肩を震わせ笑う。


「いや、別に大したことじゃないさ。ただ、さっきは随分と吠えていただろう?」


 そう言いつつ、軽くグラスを揺らして見せる。


「バーボンが、何だって?」


 揶揄うような口調は変わらない。だが、その奥底に潜む言い知れぬ迫力に男は呑まれてしまった。


「い、いや……それは……」


 助けを求めるように店内を見渡すが、視線を向けられた客達は慌てて目を逸らす。今や誰も彼もが女性の迫力に呑まれていた。先程までの喧騒が嘘のような静けさだ。


「いつまでもママのオッパイを吸ってちゃダメなんだろ?じゃあ、せっかくだからワタシも卒業させてくれよ。なぁ!」


 女性はグラスを突き出したまま、ゆらりゆらりと男へと近付いていく。男は怯えたようにその姿を見つめていた。蛇に睨まれた蛙の如く、動くことが出来ないでいた。


「ワタシにも、その上物とやらを試させてくれよ」


 男の前に立った女性は、その鼻先へとグラスを突き付ける。男は何かに魅入られたかのように機械的に何度か首を縦に振るとショウガを握り潰し、その汁をグラスの中へと注ぎ込んだ。


「ど、どうぞ……」


 男の言葉に、女性はグラスを軽く掲げた。そこにあるのはショウガの絞り粕や泥にまみれた液体だ。ため息をついた女性は、ひょいっと手首を返し男の顔にグラスの中身をぶちまける。


「てっ、てめぇ、いきなり何しやがる!」


 バーボンの冷たさで我に返ったのか、男が怒声を上げる。だが、女性は肩を竦めると事も無げに言い返した。


「バカか、オマエ。オマエの手垢に塗れた汚い汁なんか飲める訳ないだろうが。レディ相手なんだから、もっと丁寧に仕事しな」

「……うわぁ……」


 女性の言わんとしている事は理解出来る京平だったが、それでも軽く引いてしまっていた。自分で要求しておいて難癖付けるのは、流石に性質が悪いと言わざるを得ない。


「喧嘩売ってるのか、てめぇ!」


 それは男も同様だったらしい。今にも殴り掛からんばかりの勢いで詰め寄る。


「おや。やっと分かったのかい。これはまた、随分と時間がかかったねぇ」


 女性の挑発に、男は易々と乗った。新しいショウガを取り出すと、女性の足元へと叩きつける。


「いい度胸だ、クソアマ!決闘だ!ぶっ殺してやる!」


 女性は驚くでもなく、ただ静かに砕け散ったショウガの残骸を見つめていたが、やがてクルリと踵を返した。


「テメェ、無視してんじゃねぇよ。逃げられるとでも思ってんのか!」


 背中にぶつけられる男の罵声にも、少しも動揺する様子はない。


「そう慌てるなって。見ての通り丸腰だから、得物を取りに行くだけじゃないか。それとも何か?オマエの決闘ってのは、相手が丸腰でも成立するのかい?」

「ちっ、紛らわしいことしてんじゃねぇよ。さっさと取って来な」


 男が吐き捨てる。だが、女性は急ぐことなく、寧ろよりゆっくりと自分の席へと歩いていく。

 その様子を京平はただ呆然と見守っていた。余りと言えば余りな展開についていくことが出来ていない。ただ、決闘の申し込みにまで使えるこの世界のショウガの万能感が、ショウガすげーというフレーズになって頭の中をリフレインしていた。

 やがて自分の席へと戻った女性は、壁に立て掛けていた得物を手に取った。


「は?舐めてんのか?」


 困惑した男の言葉に構わず、女性は得物に付いたストラップを肩にかける。その姿に店内が騒めく。どう見てもこれから決闘に挑む姿には見えないからだ。

 京平の知る限り、女性の得物に最も近い形状をしているのはベースだ。どこからどう見ても四弦の楽器にしか見えない。


「さ、いいぜ。いつでも抜きな」


 そう言って構えた女性の姿は、まさしくベーシストのそれだった。よく見れば、右手にはピックらしき物も持っている。


「だから、舐めてんのかって聞いてるんだよ!」


 男にしてみれば馬鹿にされているとしか思えない光景だが、女性は至って本気のようだ。


「ガタガタガタガタ五月蠅い奴だな。いいから抜けって言ってるだろう」


 呆れたような女性の物言いに、男がキレた。素早く腰の銃を抜くと女性へと銃口を向ける。


「地獄で後悔しろや、クソアマぁ!」


 絶叫と共に引き金を引く。

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