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ブラックライン 10

 聖が現世に還ってきたのは、きっちり十日間働いた後だった。現世はすっかり夜になっている。


「おかえりなさい」


 神が出迎えるが、その視線はテレビに釘付けである。ヘラヘラ笑いながら、お笑い番組を見ていた。


「……あー、お疲れ」


 転寝をしていた京平が、聖の気配で起きだす。


「暇そうだな」


 聖の言葉に京平は頷いた。


「死体と神の組み合わせでどうすればいいのかって話だよ。会話も弾まねーし、リアルタイムでそっちの様子が知れるわけでもないし。する事が無いんだよ」

「何ですか。軽妙なトークをご所望ならそう言ってくださいよ。四十八の小粋なジョークが火を噴きますよ」

「ジョークの権能持ってないんだろ?じゃあ、期待出来ねーよ」


 口を挟んできた神を一蹴する京平。


「で。ラインは止まらなかったのか?」


 京平の問いに、聖は疲れ切った様子で答えた。


「おう、もうばっちりよ。一日十二時間をきっちり十日。ラインを動かし続けたぜ。」

「……ブラックだな」

「言うな」


 聞きたくないとばかりに、京平の言葉を遮る聖。

 ミニワのやりくりと言う頭を使う要素はあるが、それ以上にディスプレイの部品を見分ける動体視力と瞬時にレーンを切り替える瞬発力、そして何より十二時間連続で働き続ける体力と言う、身体能力を問われる世界だったのだ。


「意外と何とかなるもんだよな。現場見た時は絶望的だったけど、初日なんか意外と体軽くて動けてたからな。ただまあ、もう二度と行きたくねぇ」


 フィジカルエリートたる聖が音を上げるのだから、その過酷さは想像に難くない。


「あれで一レベルだって言うんだぜ。次のレベルとかクリアできる自信ねーよ」

「難易度は際限なく上がっていくらしいぜ」

「マジで?」

「本転生した人のレビューによると、マジ」


 その言葉に色々と想像した聖は、天を仰ぎつつ床にひっくり返った。


「あの世界に転生したら、俺は死ぬね」


 言っている事は無茶苦茶だが、偽らざる聖の本心だろう。


「後は、毎週目標達成で報酬が出るからやりがいを感じるってのもあったぞ。ま、レビューはその二件しかないらしいが」

「やりがいって、それ社畜……」

「言ってやるな」


 今度は京平が聖の言葉を遮った。


「本転生だぜ。そうでも思わないとやっていけないんだろうさ」

「いや、人それぞれだからさ。もしかしたらあの世界に合う人だっているかもよ」


 そうは思っていなさそうな聖の口ぶりだが、京平は納得したかのように頷いた。

 願わくば四国中央市の会社員は、あの世界を満喫しているようにと。


「そういや、ライン止めなかったんならクエストクリアだろ?報酬は?」


 京平の問いに、聖が首を傾げる。


「ん?ああ、帰り際にバイクと昇進おめでとうって言われたっけ」

「二つ成功とはやるじゃん。何失敗したんだよ」

「労災ゼロは難しかったなー」


 苦難の日々を思い出す聖。同じ部品が流れてくる隙を見計らってミニワを入れ替えるのだが、狭いスペースをダッシュすればどこかぶつけたり引っ掛けたりしてしまうのは必然と言えよう。


「仕事終わりには必ずメディカルチェックがあって、ちょっとした傷でもあろうもんなら労災扱いだぜ。無理ゲーだよ無理ゲー。労災だからって仕事が休みになる訳でもないし」


 そこで聖は何かを思い出したのか、あっと声を上げた。


「あ、でも、労災認定されると医務室には送られたな」


 興味あるだろ、という視線を京平に向ける。その視線に思わず期待を持つ京平。


「医務室ってのが引っかかるけど……どうだった?」

「すげー医療用ロボットみたいなのがいたんだけどさ」

「それで?」

「切り傷には赤チン、打ち身には氷を処方されたよ……」


 そんな事だろうと思ったと、ただ無の表情で応える京平。高坂の治療が期待できる世界だったならば、流石の聖でもいの一番に報告するはずである。……すると思いたい。


「……そんな顔で見るなよ。物凄いロボ見た時は俺だって期待したんだからさー」

「実は高度な医療も可能だという線は?」

「ないんじゃないかな。コンベアに挟まれて帰ってこなかった人とか結構いたし」

「マジのやつじゃん」


 聖の近くのラインでも何度か労災は発生していた。働き始めは見る余裕すらなかったが、慣れてくると多少は周囲の様子を窺う余裕も出てくる。

 そこで見えたのが、重篤な労働災害により腕をコンベアに巻き込まれて持っていかれた虫型生物の姿だった。しかし、そこは多腕の種族である。派手に血を噴き出しながらも残りの腕で作業を続ける姿は、まさに工場の世界の住人の鑑と言えよう。

 残念な事に翌日そのラインに立っていたのは別人だったのだが。


「わざわざ治療するよりも新人投入する方が安上りってのもある気はするけどな。気になるなら行ってみればいいじゃん」

「お断りだ」

「だよな」


 聖が音を上げる世界である。高坂を治療できる確たる証拠もないのに、わざわざ行こうとは誰も思わないだろう。


「ま、そんな訳で労災は何度か発生させたけども、ラインは止まる事なく動き続け、品質は向上したって訳。何作ってるのかとか、何で品質上がったのかとかは全然分からんけどな」


 そう言った聖は神の方へと向き直る。神はテレビに集中しているのか、二人の会話を気にしている様子すらない。

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