走れヒメス 10
「確認いたしますので、少々お待ちください」
一蹴しようとしたのも単に一手間が面倒くさかっただけだ。クエストの報酬の受け渡しなど相手方との事務作業は頻繁に発生しているし、実際のところこの程度の確認ならすぐに済む。特に今回は天岩戸で暇を持て余す素戔嗚尊が相手だ。回答も早いだろう。
「あー、うん、分かった」
てっきり門前払いかと思っていた穂波は、期待に満ちた目で見つめてくるヒメに曖昧な笑顔で応えた。この感じだと、もしかしたらもしかするかもしれない。そう思った矢先、高らかに宣言する神の声が届く。
「エクストラクエスト発生!櫛名田比売といっぱい遊べ!報酬、賽銭箱いっぱい!以上、存分に遊んでくれ、との事です」
「……いけるんだ」
感情の籠らない穂波の呟きに、神は不服そうだ。
「いやいや、そちらから要求しておいて、そのテンションはあんまりじゃないですか?」
「……それはその通りだけど。なんか、ガバガバじゃない?」
『おねリン』の全貌が掴めそうで掴めない。
「いやいや、こんなラッキーな展開、滅多にありませんよ。いやぁ、素戔嗚様が気さくな方で良かったですねぇ」
「気さくねぇ……」
今一つ自分の中の素戔嗚尊のイメージと会わない単語に首を傾げる穂波だったが、このクエストが素戔嗚の好意である事は間違いないだろう。
「それで、どうなさいます?え・ん・ちょ・う?」
ウキウキした神の声に、穂波はあからさまに嫌そうなため息で応えた。神の思う壺なのは腹立たしいが、選択肢はない。
「最長でお願い」
「あっりがとうございまーす!それでは、二十日間コースで三千五百転生石お納めいただきます。それでは、楽しい楽しい異世界の暮らしを、どうぞお過ごしください!」
貰うものを貰った神は、さっさと話を打ち切ってしまう。
「どう?いける?」
待ちきれない様子で訊いてくるヒメに、穂波は小さく頷いた。
「ヒメといっぱい遊べってさ」
「ヤッター!」
飛び上がって喜ぶヒメを見ると、これはこれで良かったと思う。そして滞在期間が延びた事で、自分の用件も切り出しやすくなった。
「それでさ、ヒメに一つ訊きたいことがあるんだけど」
「うん。なになに?」
穂波の声が少し沈んだことに気付いたヒメだったが、明るく元気に訊き返す。
「少彦名様に会えたりしないかな?」
「少彦名……うーん……」
だが、続く穂波の言葉には、難しい顔で考え込んでしまった。
「難しいかな?」
「少彦名の出番て、かなり先なんだよ。確か、ボクの六代か七代先の大国主と一緒の出番だし」
ヒメはそう言うと申し訳なさそうに頭を掻く。
「特に少彦名は波の彼方からやってくるなんて言われてるもんだからさ、今何処で何やってるか、ホント分かんないんだよねー」
「そっか……」
そう言われると納得するしかない。
「うーん、ダメもとで探しに行こっか?運が良ければ見つかるかもしれないし」
その表情から望みは薄いと見てとった穂波は、弱々しく首を横に振った。
「ううん。それよりも、一緒に遊ぼ」
「いいの?別にボクはどっちでも……」
ヒメが心配そうに言い募ると、今度はきっぱりと首を振る。
「大丈夫。せっかくなんだから、ヒメと遊びたい」
少彦名探しをしてしまうと、せっかくのエクストラクエストが未達成で終わる可能性が出てくる。何がどう転がるか分からないのが『おねリン』である。ここはクエストを優先する方がいいだろう。それに、ヒメと遊びたいというのも偽らざる本心である。




