走れヒメス 8
「ホナミー!」
ヒメが駆け寄り、勢い良く抱き着く。
「いきなり怖い顔するからビックリしたよー。大丈夫?」
「ごめんごめん。大丈夫だから気にしないで。そんな事より……」
小柄なヒメの体をギュッと抱き締める。
「もう、やり直さなくていいんだって」
「えっ?」
穂波の言葉がピンと来なかったヒメは、キョトンとしている。穂波はヒメを解放すると、その目をじっと見つめた。
「櫛名田比売は時の環から解き放たれたの。大蛇ももう、死に戻る必要はないんだよ」
先に理解したのは横で聞いていた大蛇だった。八つの首から安堵のため息が漏れ、思い思いにへたり込む。
「なに?なんで?どうしてホナミーが分かるの?」
不思議そうに首を傾げるヒメに、穂波は簡単にワールドクエストの事を説明した。
「なるほど、なるほど」
説明を理解したのかしていないのか、腕組みをした姫は、したり顔で頷いている。
「つまり……」
そのままこそっと助けを求めるように大蛇を見る。大蛇は呆れながらも助け舟を出してやった。
「私達は自由って事さ」
「そう、自由……自由!?やったー!」
ようやく理解が追い付いたヒメが飛び上がって喜ぶ。そのままの勢いで再び穂波に抱き着いた。
「ホナミーのおかげって事だよね。ありがとう!」
「別に私が何したって訳じゃないけど……」
流されて《走れメロス》ごっこしただけだし、と何処かこそばゆい。
「そんなことないよー。完璧なホナミンティウスだったもん。やっぱり、ボク達はソウルメイトだよねっ!」
身を翻し穂波から離れたかと思うと、今度は拳を突き出してくる。
字面的には褒められている感ゼロだが、ヒメは心から感謝感激しているらしい。穂波も悪い気はしない。
「うん、まあ、ソウルメイトだよね、きっと」
そう言いつつ軽く拳を合わせると、ヒメの笑顔が一段と輝いた。
「それで、ホナミーはいつまでここにいるの?」
「五日経ったから、後五日かな?」
穂波の答えに、ヒメはあからさまに不満を示した。
「えーっ!ボクとは全然遊んでないのに、後五日しかいないのーっ!?」
《走れメロス》ごっこには付き合ってたんだけど、と思いつつも、確かに直接は遊んでないし、とも思う。ヒメを見ていると付き合ってあげたい気もするが、ただ遊ぶだけに滞在を延長するのも気が引ける。
「もうちょっと、いてくれたっていいじゃーん。ねぇー、ねぇー」
駄々っ子のようにごねるヒメを前に、どうしたものかと頭を抱える穂波。大蛇に間に入ってもらおうかと視線を向けると、既に我関せずを決め込み全首が明後日の方を向いていた。
「くっ……」
これだから爬虫類は、とその背を一睨みした穂波は、ふと気づいた。八岐大蛇、クシナダヒメ、素戔嗚尊。ここは写し身とは言え名だたる日本の神々がいる世界なのだ。ならば、探すべき神もいるではないか。
その話をどう切り出そうかと考えつつヒメに視線を戻すと、ヒメはヒメで何か思いついたのか悪い笑顔を浮かべていた。




