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走れヒメス 2

 ヒメスは走っていた。


 ますは伊邪那美から桃を貰い、続いて神大市比売からすももを貰う。そしてそれを大山祇神に届け、酒を造ってもらう。ここまでは実に予定通りに話を進めたヒメ。何と言ってもヒメがやりたい《走れヒメス》こと《走れメロス》ごっこは、ホナミンティウスこと穂波との絡みが全てである。原作でメロスを待ち受けている道中の艱難辛苦など、ヒメはこれっぽっちも必要としていないし、用意もしていない。顔見知りの神様から材料を貰い、祖父に酒造の依頼を出す。たったそれだけの、初めてのおつかいも真っ青な簡単なお仕事のはず、だったのだが……


 ヒメスは走っていた。


「やっばーい、遅刻遅刻!」


 今だ、とばかりに何処かで見たような台詞を言ってみるが、何かイベントが起きる訳でもない。


「うう……ミスったなー」


 唇を噛み、昨日の自分を反省する。

 せっかく久しぶりに祖父と会ったのだからと、夕食を共にすることにしたヒメ。メロスも妹の結婚式の祝宴に出ていたしと、言い訳しながら騒いだ結果、最終的には近くにいた神々を巻き込んでの飲めや歌えの大宴会になっていた。その中心で散々はしゃいだヒメは、やがていい気分のまま眠ってしまう。勿論、心の中でメロスも一晩寝たしね、と言い訳しながらだ。

 そして翌日。ヒメが目を覚ました時には、太陽は南の空高くに輝いていた。


「……あー……」


 昨晩の酒が残るどんよりした表情のまま、爽やかに晴れ渡った空を眺める。身体中に居座る気怠さを少しでも追い払おうと、大きく伸びをする。


「いい天気っ。新しいあ……さ?」


 暢気に呟きかけたヒメは、そこでようやく事態を把握した。メロスの比ではない寝坊である。


「あーっ!」


 慌てて立ち上がると、大急ぎで準備を整える。吐き気に襲われるが、構ってはいられない。


「じゃね、おじいちゃん!色々ありがとね!」


 ヒメは祖父への挨拶もそこそこに走り出した。

 眠ってしまう理由がそれなりにあったメロスと違い、ヒメは単に酔っぱらって寝過ごしただけなのだ。これで間に合わなかったとしたら笑い話にもならない。

 幸い道中の橋が落ちている事も無ければ、山賊が襲ってくることもない。とにかく走りさえすれば良かった。


 そんな訳で、ヒメスは、今、走っているのだ。


 西の空は随分と赤い。日が山並へと姿を隠してしまうまで、そう時間はかからないだろう。


「うう……」


 恨みがましい視線を西日に浴びせるが、太陽は我関せずとばかりに刻一刻と沈んでいく。

 今や間に合うかどうかは五分五分と言ったところだろう。


「ホナミー、ごめん」


 弱気な言葉が口をつくが、足は止まっていない。大蛇とて、今回が輪廻を断ち切る好機だと捉えているはずなのだ。少しの遅れならば、挽回する手段もあるかもしれない。

 そう思うヒメだったが、気ばかり急いて、いい案は何も浮かんでこない。どうやら走る以外の選択肢は無いらしい、とヒメも覚悟を決める。


「ボク、頑張るよ。だからホナミーも頑張って!」


 穂波が聞いていれば、いや何によ、とツッコむであろう言葉で気合を入れたヒメは、一段ギアを上げたのだった。

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