異世界人の大蛇退治 16
「私が挑戦者を食って素戔嗚に斬られて一区切り。そして私が甦らせられると、そこからまた新しい挑戦者を待つって寸法さ」
「それは、斬られ損にも程があるんじゃ……」
「まあ、私も人食えてるから、そこまで損でもないんだけどね」
口調こそ穏やかだが、どこか不気味な響きを帯びたその言葉に穂波は思わず後退る。その様子を見た大蛇は、おかしそうに笑った。
「ハッハッハ。そんなに怯えなくても大丈夫だよ。今、お前さんを食ったらヒメに怒られるからね。それに、今回は私も期待しているんだよ。"ついか"に"びんあるす"だっけ?あれは本当に美味かった」
残った樽を物欲し気に見る。
「それに、お前さんが"あんどろめだ"を知っていたのも得点が高い。あれでヒメの好感度がグッと上がったからね」
「そうなの?」
「それはもう。"あんどろめだ"を助ける"ぺるせうす"がイケメンな事を随分と羨ましがってたからね」
確かに素戔嗚尊は髭面のいかつい姿で描かれることが多い。うら若き乙女としては、ギリシャ神話の英雄を羨ましがるのも分かる。
「遂には『ボクもやるー』って言い出す始末さ。仕方がないから、最近はああやって岩に縛り付けていたんだけど、ここまで誰一人として分かってくれなくてね。だから、お前さんの『あんどろめだみたい』って言葉は、本当に嬉しかったんだろうさ」
まさか目にした光景が、本当にクシナダヒメがアンドロメダに憧れてのシーンだったとは思いもしなかった穂波。本当にふと思った事を口にしただけだったのだが、何が幸いするか分からないものである。
「その後、《走れメロス》にも付き合ってくれているから、ヒメの満足度は高いと思うんだよ。後は酒さえ造ってくれれば、私も満足。ようやく、この繰り返しから抜け出せるってもんさ」
「全ては大山祇神次第って事ね」
果たして蒸留酒を日本の神様が造れるのか。気がかりなのはその一点だ。
「私も直接の面識は無いから確証はないがね。まあ、神様なんてのは頭のおかしな力の持ち主ばかりだから、きっと何とかしてくれるだろうさ」
これぞまさに神頼みね、と苦笑する穂波。叶うならば、今すぐにでも大山祇神社に参拝したいところだ。
「後はヒメが納得するかどうかだけど、これはもうお前さんにかかっているとしか言いようがない」
どこか楽しそうな口調で大蛇が言う。
「《走れメロス》ごっこを完遂しろって事ね……」
クライマックスの例のシーンは避けて通れないという事だろう。
「私は《走れメロス》で良かったと思うけどね。これが《変身》や《白鯨》にハマっている頃だと何をさせられたもんだか」
確かに虫やら鯨やらをやれと言われる事に比べれば、ホナミンティウスで済んでいるのは幸運かもしれない。
「頑張るしかないか」
諦めたように呟く穂波。どうせ見ているのはヒメと大蛇だけなのだ。旅の恥は掻き捨てという言葉もある。この際、全力でホナミンティウスを演じてやろう、と決心を固める。
「そうそう、その意気さ」
穂波の決意を感じ取ったのか、大蛇が勇気づけるかのように笑う。
「せいぜい私達を楽しませておくれ。そうすればきっと、未来は切り開かれるだろうからね」




