異世界人の大蛇退治 15
「《走れメロス》もその一環?」
《走れメロス》で何をどうすれば神話の登場人物達が納得するのかは分からないが、話を聞く限りはそうとしか思えない。
「ああ、そうさ。そいつは何て言ってたっけねぇ……確か、『文学は世界を救う』とかなんとか」
なかなか難しいお題目を唱えた者もいるものである。
「見ての通り、ヒメは随分と食いついたんだけどね……」
《走れメロス》ごっこを始めるくらいだから、よっぽど気に入っているのだろう。その反面、大蛇の食いつきが良くないのもよく分かる。その体はどう見ても本を読むのに適していない。とは言え、不思議に思う事もあった。
「でもさ、その様子だとヒメはとりあえず『文学は世界を救う』で納得したんでしょ?あなたも納得したふりをすれば、それで終わりになったんじゃないの?」
穂波の疑問に大蛇は力無く答えた。
「八咫鏡は知ってるかい?アレに映されるとすぐにバレるんだよ、嘘ついてるかどうか。流石は三種の神器と呼ばれるだけの事はあるね」
「はぁ……」
「別に私は『文学は世界を救う』でも『食は世界を救う』でも、何でもいいと思っているつもりなんだけどね。あの鏡に映された瞬間、全てがワヤさ」
「『食は世界を救う』なんかは良さそうに思えるけど、ダメだったの?」
人間よりも美味しい食事、と言うのはスサノオの言うところの生贄をやめる合理的な理由になると思えるのだが。
「ああ、それはヒメが『太るからイヤ』って言ったからだね」
「そっか」
何となくその場面が目に浮かぶ気がした穂波は、思わず吹き出していた。
「笑い事じゃないんだよ、まったく。毎度毎度、素戔嗚に膾切りにされる私の身にもなってごらんよ」
「えっ?そうなの?」
てっきり平和裏にやり直しが行われているものだと思っていた穂波だったが、どうやらそうではないらしい。
「ああ、そうさ。私とヒメが納得出来ない展開と判定されたら、素戔嗚が嬉々としてやって来て私を滅多斬りにして帰るのさ。ヒメの話によると《死に戻り》って言うらしいね」
穂波が知る限り、これ程無意味に死なないといけない《死に戻り》も無い。だが、ヒメ達が《死に戻り》をしているとするならば、どうにも分からない事がある。
「でも、『文学は世界を救う』も『食は世界を救う』もダメだったわけでしょ?どうしてその名残が今でも残っている訳?」
死に戻ったタイミングでヒメ達が《走れメロス》を知った事実も無くなりそうなものである。
「ああ、それはだね……」
答える大蛇は心底うんざりだという表情を見せた。それは爬虫類がそこまで感情を表せることが出来るのかと、穂波が驚くほどの表情だった。
「天照様曰く、時を戻すのめんどくさい。ヒメ曰く、もし面白い事があったとしたらその時の事を忘れるのヤダー。素戔嗚曰く、以前の条件を覚えていたらそう簡単に妥協は出来まい。という三者三様の思惑が一致した結果さ」
「まさにリセマラ……」
あの時妥協しておけば良かった、と何度思ったか分からない穂波は真剣な表情で頷く。




