異世界人の大蛇退治 13
「さて、じゃあ、そろそろ話を聞かせてもらおうかな」
うず煮を堪能して人心地ついた穂波は、空になったお椀を脇に置きつつ大蛇に尋ねる。
「私にかい?」
「他に誰かいる?全部説明するって言ったヒメは、何一つ説明する事なくどっか行っちゃったし。五日間も訳が分からないまま過ごすとか、嫌だもん」
「やれやれ、仕方がないねぇ」
大蛇は言葉通りやれやれと言った感じに体勢を変え、穂波に向き直った。
「で、何が聞きたいんだい?」
「そうね。まずは、この世界の事かな。まるで日本神話の世界みたいだけど、私の知ってる話とは随分と違うみたいだし」
「ふむ。元となる神話については知っているんだね?」
大蛇の問いに穂波が無言で頷く。
「なら、話は早い。素戔嗚尊の高天原での御乱行は知ってるだろう?あれに天照様がブチ切れた世界がここさ」
大蛇がおかしそうに言うが、穂波は首を傾げた。元の話でも職務放棄して天岩戸に隠れてしまうくらいにはブチ切れている。穂波がその事を告げると、大蛇はその通りとばかりに首を大きく縦に振った。
「ああ、そうさ。天照様は天岩戸にお隠れになった。そして岩戸の暗闇の中、一人で過ごされている時にふと思われたんだよ。何故、私が隠れなければならないのか、とね」
「まあ、自分でお隠れになられたんで、そこは何て言っていいか分からないですけど」
穂波の正直な意見に、大蛇はおかしそうに笑う。
「お前、それ、天照様の前で言えるかい?」
「まさか!死んでも言いませんよ」
慌てて否定する穂波。
「……まあ、そんな訳で暗闇の中で一人過ごされている間にも、天照様の中の素戔嗚への怒りはどんどん増幅されていく。そして、最後にはこう思われたのさ。この先、素戔嗚抜きでも何とかなるんじゃないか?って」
「あー……」
何となく話が見えてきた穂波の顔から感情が抜け落ちていった。
「そこで試しにとばかりに造られたのがこの世界って訳さ。果たして、素戔嗚抜きで神話は成り立つのか否か」
「だからヒメは素戔嗚は来ないって言ったんだ」
「そう言う事。ここだけでなく、この先もね」
世の中には琵琶湖が世界の中心となった世界を造った神もいるくらいである。素戔嗚尊抜きの世界を造る天照大御神が居たっておかしくはないのかもしれない。
「ん?ちょっと待って。じゃあ、あなた達はいったい何者なの?本物の八岐大蛇やクシナダヒメじゃないの?」
「何をもって本物と言うか、という話は置いておくとして。お前さんが思っている本物ではないよ。その本物に生み出された写し身とでもいったところさ」
「写し身……」
「ああ。元の天照様が直々に仰ったから間違いないさ。何せ、私ら全員高天原に集められて延々とこの世界の成り立ちから目的まで話されたんだからね」
「うわぁ……」
まるで全校集会での校長の話みたいだと、穂波はその光景を想像して身震いした。
「とは言え、私達には私達の意志があるし、元の存在はこの世界を見る事しか出来ない。なら、この世界では私達が本物、と言って差し支えないだろう?」
「確かにね」
なまじ自分の知っている存在に近い属性を持っているだけに混乱したが、要は単に日本風の異世界の住人と捉えてしまえばいいのだろう。




