異世界人の大蛇退治 11
「これは失礼」
大蛇は首を伸ばしたかと思うと、その牙で器用に縄を噛み切った。ようやく腕の自由を取り戻した穂波は大きく伸びをし、そのまま耳を塞ぐ。それを見た大蛇は元の大きさに戻ったかと思うと、八本の首を高々と伸ばした。
「ウーズーイーガー!」
万里に響き渡りそうな大音量で八つの首が吠えた。耳を塞いだ程度では防ぎようのない音の力に、穂波の顔が歪む。そしてすぐさま襲ってきた激しい耳鳴りに蹲ってしまうが、大蛇は素知らぬ顔だ。
「何なのよ……」
地面をのたうち回りながら穂波が抗議するが、その声は如何にも弱々しい。やがて耳鳴りも収まりフラフラしながらも立ち上がると、そこにはどこかしてやったり感のある大蛇の顔があった。
「大丈夫かい?」
「……見て分かんない?」
心配しているとは思えない口調で大蛇に訊かれた穂波は、ムッとして眼前の大蛇の顔を睨む。
「動いてるから大丈夫さね」
意に介する様子の無い大蛇の言葉に、穂波は諦めたようにため息をついた。
「で、さっきのは何だったのよ、いったい。わざわざ元の大きさにまで戻ってさ」
「そう慌てなさんなって。もうじき分かる」
はぐらかすような大蛇の態度に更にムッとする穂波だったが、流石にこのサイズの存在を相手には余り強気には出れない。
「……何なのよ、もう……」
ブツブツ言いながらその場に座り込む。もうじきだと言われるのなら、大人しく待つしかない。
穂波は膝の間に顔を埋め、時が経つのを待つ。やがてその耳に草を踏みしめる音が飛び込んできた。かなり急いでいるのか、そのピッチは速い。
「ああ、来たね」
同じく音に気付いた大蛇は、首を思い思いの方へと伸ばした。大きく広がったその姿は、まるで足音の主を威嚇するかのようだった。
穂波が顔を上げ音の方へと目をやると、一人の女性がお椀を捧げ持つようにしながら走ってくるのが見えた。中身をこぼさないよう必死の形相でお椀を見つめながら、可能な限りの速さで走って来ている。
「そんなに急がなくても構わないんだよ」
大蛇が女性を驚かさぬよう小声で言うが、女性は決して足を緩めることなく全力で首を横に振った。
「そんなっ!滅相もございませぬ!大蛇様からご注文いただきましたからには、最速でお届けいたしませんとっ!」
「ああ、そうかい。じゃあ、せいぜい気を付けるんだよ」
鬼気迫る女性の様子に大蛇もそれ以上何も言えなくなってしまう。女性はそんな大蛇の元へと辿り着くと、息つく間もなくお椀を捧げて見せた。
「こちら、ご注文の品となりますっ!どうかっ!どうか、これにて何卒っ!何卒っ!」
そのまま額を地に擦り付けんばかりに頭を下げる。
「いや、もう、取って食ったりはしないって何回も言ってるだろうに……」
大蛇のそんな声も聞こえないのか、女性はひたすら平身低頭するばかりだ。
「ああ、本当にもういいから。それは私が食べるんじゃない。そっちの娘にやってくれ」
大蛇が語気を強めると、女性は慌てて顔を上げた。そして穂波の姿を見つけると、素早く立ち上がり駆け寄った。




