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異世界人の大蛇退治 10

 ヒメの背を見送る一人と一頭は、やがてその姿が地平線の彼方に消えると、やれやれとばかりにそれぞれ楽な体勢を取ろうとした。器用に首を丸めてリラックスする大蛇に対し、上半身を縛られた穂波は落ち着ける体勢を見つけられない。諦めて地面にへたり込むと恨みがましい目で大蛇を見るが、大蛇はその視線に気づくと丸まった首の内側に顔を隠してしまう。それでも首を貫通せよとばかりに冷たい視線を大蛇に浴びせ続けた穂波だったが、やがて効果がないと諦め地面に転がった。不自由なりに体を動かし、出来る限りの一番楽な姿勢を取る。

 そのまま暫く空を眺めて過ごしていた穂波だったが、その心中は全く穏やかではなかった。この世界の事や今後の展開。頭を悩ませる要素は山ほどある。そして、その雰囲気は大蛇も感じているのだろう。極力、穂波を刺激しまいと身じろぎ一つしない。だが、差し迫った問題に行き当たった穂波に通じるはずもなかった。


「ねえ」


 縛られたままの上半身を器用に起こし、感情のこもっていない声で大蛇に話しかける。その声に一瞬身を震わせた大蛇だったが、無視を決め込む。


「ねえってば」


 今度の声は僅かばかりの怒気が含まれていた。その事を敏感に察知した大蛇は、渋々首の間から顔を出す。


「なんだい?」

「あなたも《走れメロス》読んだの?」

「何を言うかと思えば。私はこんななりだよ。本なんか読みはしないよ」


 大蛇はそう答えて八つの首を揺すってみせるが、穂波は黙って疑わし気な視線をぶつけている。その圧に耐えかねた大蛇は、早々に白旗を上げた。


「私は読んでない、これは本当さ。その代わり、散々ヒメに朗読されたけどね。おかげでほとんど覚えちまってるよ」

「なるほどねー。道理で王様役ばっちりだったもん」

「いやいや、それほどでも」


 若干当てつけ気味に放った台詞に真顔で返された穂波は一瞬鼻白むが、すぐに気を取り直す。


「じゃあ、分かってくれると思うんだけど。この話って《走れメロス》って題名の通り、メロスの物語なんだよね」


 話の意図が分からず、大蛇は高く伸ばした首をゆらゆら揺らしながら穂波を見つめている。


「だから、三日の間にメロスが何をしたかって事は本文で語られている」

「そりゃ、お前さんが言う通り、《走れメロス》だからねぇ」


 分からないままにとりあえず相槌を打ち、話を聞いている感を出す大蛇。


「でも、セリヌンティウスだって同じ三日間を過ごしてるはずよね?」

「まあ、そうだろうねぇ」

「いかに暴君とは言え、何か罪を犯したわけでもない、単に友人の身代わりとなった、逃亡するとも考えられない、そんな男を三日間も拘束したままにするかな?」


 自説を繰り広げる穂波が何かを訴えかけている事は大蛇にも分かったが、それが何かはまだ分からない。


「邪知暴虐とまで言われてる王様だよ。いざ処刑って時に死にかけてたら面白くないって思ってもおかしくないんじゃない?」

「ああ、それはあるかもねぇ」


 話の要点は何となく理解出来た大蛇だったが、穂波の真意は掴みかねていた。


「牢屋に収容されるくらいはしたと思うけど、それでもそれなりの待遇だったとは思うのよ」

「なるほど。一理ある」

「でしょ、だからさ……」


 そう言って全身を使って何かをアピールする穂波だったが、大蛇には全く通じている様子はなかった。


「つまり、どういうことだい?」


 自力で理解する事を諦めた大蛇が尋ねると、暗に伝える事を諦めた穂波もあっさりと答えた。


「つまりね、お腹が空いたって事」

「ああ、そう言う事かい。人間てのは、食べないと死んじまうんだったね」


 頷くように首を揺らす大蛇。


「ちょいと、耳を塞ぐがいいよ」

「どうやって?」


 穂波は両腕諸共縛られた上半身を軽く揺らす。

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