異世界人の大蛇退治 6
「お前がやるんじゃないのかい……」
どこか呆れたような響きが混ざった大蛇の呟きに、ヒメは悪びれる事なく答える。
「当然じゃん。ボクには出来なくったって、身内に出来る人がいるんだよ?じゃあ、頼むに決まってんじゃん。コネだって立派な実力だよ、実力」
ヒメの台詞に穂波は思わず苦笑いを浮かべていた。コネ云々なんて話は、あまり神様から聞きたくはない。
「……まあ、私は酒が手に入りさえすれば、それでいいんだがね……」
「だよね、だよね。だったらさ、この鎖外してくれないかな?そうすればおじいちゃんの所へ行って、お酒造りをお願いしてくるからさ」
そう言ったヒメは、大蛇に対し表情で何かを訴えかけている。穂波がその事に気付くよりも早く、大蛇が大きなため息でそれに応えた。
「馬鹿な事を言うでないよ。逃がした小鳥が帰ってくると言うのかい?」
「うんうん。帰ってくる帰ってくる」
どこか楽し気に大蛇とやり取りをするヒメの姿に、穂波は嫌な胸騒ぎを覚えた。どうにも話がおかしな方向へと進みだしている気がする。
「ボクはちゃんと約束を守るよ!だからさ、三日。三日ボクに頂戴!そうすれば、きっと美味しいお酒がいっぱい飲めるようになるからさ」
そんな姫の説得に対し、大蛇はただ首を揺らしているだけだ。
「そんなにボクを信じられない?じゃあ、分かった。そこにホナミーがいるでしょ。ボクの無二のソウルメイトの。彼女を置いて行くよ」
ヒメが満面の笑みでそう言うと、一連のやり取りを見ていた穂波は嫌な予感が現実になりつつある事を悟り、思わず頭を抱えた。ヒメはそんな穂波の様子に構わず、嬉々として話を進めていく。
「ボクが逃げちゃって、三日目の日暮までに帰ってこなかったら、彼女を食べちゃって。ね、お願い。そうしてよ」
「待って待って待って。どうしてそうなるのよ!」
穂波が抗議の声を上げるが、誰も聞いていない。ヒメ達の寸劇、いや茶番劇と呼んでいいほどの出来の悪いやり取りは、穂波を無視してどんどんと進んでいく。
「分かった。そうしようじゃないのさ。三日目の日没までに帰ってくるがいい。少しでも遅れたら、その身代わりのソウルメイトは私の胃の中さ。何、ちょっと遅れて帰っておいでよ。そうすれば、お前は晴れて自由の身さ」
最初は乗り気でなかったであろう大蛇も徐々に興が乗ってきたらしく、今では大袈裟に首をうねらしながらヒメと話している。
「そんな事しないに決まってるじゃん!ボクは必ず帰ってくる!」
「ハハハ、命が大事なら遅れておいで。お前の気持ちは分かっているからね」
大蛇はそう言うとヒメを捕らえていた鎖を噛み切った。晴れて自由の身になったヒメは、唖然と成り行きを見守っていた穂波に駆け寄る。
「ホナミー!ゴメンね。そう言う事だから、後は頼んだよ!」
何故《走れメロス》のようなストーリーがこの世界で繰り広げられているのか、穂波にはさっぱり分からない。ただ一つ分かっているのは。このままだと自分がヒメの身代わりになってしまうという事だけだ。
「大丈夫!キミのソウルメイトを信じて。ボクはきっと帰ってくる!」
今の状況を楽しんでいるらしい姫は満面の笑みでそう言うと、穂波に対して両手を広げた。穂波はうろ覚えな記憶から次のシーンを引っ張り出そうとする。確か、親友がメロスを抱き締めるシーンだった気がする。
動かない穂波に対し、ヒメは焦れたように何度も広げた両手をアピールしてくる。だが、穂波としてもおいそれと乗っかる訳にはいかなかった。ここでヒメを抱き締めてしまうという事は、この茶番劇を受け入れることに他ならない。何とかそれだけは避けたいところだったが、いい方法は何も思いつかない。




