異世界人の大蛇退治 4
「これでヒメを解放してくれると嬉しいんですけど……」
そう言って大蛇の様子を窺う。表情は全く読めないが、鼻腔をくすぐるアルコールの香りに興味はあるらしい。いつの間にか他の首達も自分の方へと視線を向けていた。
「どうですかね?」
重ねて尋ねた穂波の言葉に何やら考え込んでいるのか、大蛇の首が微かに揺れる。押せばいけるかもと思う穂波だったが、結局確証が持てず、ただ黙って状況を見守るにとどめた。
暫く静かに樽を見つめていた大蛇は、やがて鼻を近付け本格的に臭いを嗅いだかと思うと、一番上に置かれていた樽を器用に咥えた。そしてそのまま口の中で噛み砕き、ツイカを喉に流し込む。
「……ふむ。悪くないね」
ツイカを堪能した首がそう呟くと、残りの七つの首が自分達にも飲ませろとばかりに大きくうねりだす。辺り一帯の大地が震え空気が揺れるほどの迫力にたじろぐ穂波。ヒメは大丈夫かと目を向けると、そこには平然と岩に縛り付けられたまま大蛇の様子を眺めている彼女の姿があった。ヒメに感じていた違和感が、また少し大きくなる。だが、すぐに大蛇が話を続けた為に、その原因が何かを考える時間は与えられなかった。
「だけど、幾らなんでも量が少なすぎるんじゃないかい?」
穂波と話している首が主たる首なのか、残りの首の暴れっぷりなど意に介さぬように話し続けている。
「一年分、と聞こえた気がしたけど、これじゃあ一日分にもなりやしないよ」
「……ですよね」
神への要求を聞かれたのは失敗だったかと後悔する穂波。一年分と聞いてしまえばそれなりの量を期待するのも仕方がない話と言えよう。
「まあ、そこは人間基準なので……」
「それはまあ、そうだろうけどねぇ……」
とりあえず口を突いて出ただけの言い訳だったのだが、意外にも大蛇は理解を示した。想像以上に話せば分かる相手なのかもしれない、と穂波は少し希望を持つ。
「とは言え、少なすぎる事には違いがないからねぇ。一首当たり一樽程度じゃあ、食前酒にもなりやしない」
主たる首のその言葉に同意するかのように、蠢いていた残りの首達が吠える。思わず耳を塞いでしゃがみこんだ穂波がヒメの様子を確認すると、相変わらず岩に縛り付けられたまま平然と大蛇を眺めている。
「別に、悪くはないよ。悪くはないんだけれども。これじゃあ、納得、は出来ないねぇ」
納得、という単語を強調した主たる首は、思わせぶりに樽の周りでその首をうねらせる。
「ええっと……違うお酒で良ければ、同じくらい出せますけど……」
酒、という単語に大蛇の首達は敏感に反応した。八対の興味深げな瞳が、穂波へと向けられたのだ。
「ほほう。とりあえず、出してごらんよ。話はそれからさ」
主たる首に促された穂波は、神に対してヴィンアルス一年分の受け取りを希望した。
「あいよっ!ヴィンアルス、入りまーす!」
誰に対するアピールなのか分からない神の返事と共に、ツイカの樽の横にヴィンアルスの樽の山が出来た。穂波の予想通り、十の樽がピラミッド型に積まれている。




