異世界人の大蛇退治 3
正攻法で大蛇を倒すのは不可能だろう。何せ、十拳の剣もメデューサの首も持っていないのだ。もっとも、仮に持っていたとしてもどうこう出来る相手には見えない。ボックスにある三種の神器を受け取れば、一足飛びに草薙剣が手に入る可能性はあるが、それでも使い手が自分では使いこなすのは難しいだろう。まかり間違って家電が出てきた日には、戦うどころの話ではない。
となると、次に考えられるのは酒だが、これも状況的に厳しい。酒はあるにはあるが、明らかに敵である自分の酒が呑まれるとは思えない。それにもし酒に酔わせることに成功したとしても、結局はどうやって倒すのかという問題に行き当たってしまう。
「うん、無理」
どう考えても目の前の八岐大蛇は自分が物理的に対処できるような相手ではない。早々にそう結論付ける穂波。八つの首を切り落として大蛇を退治した素戔嗚尊は、やはりとんでもない力を持った神なのだろう。出来ればその活躍を見てみたいものだが、ヒメが来ないというのならば諦めるしかない。
「さて……」
倒せないなら、取れる手段は限られる。せいぜいが逃げるか話し合うかくらいだろう。そして今回はヒメを助ける必要がある以上、逃げるはありえない。
「話し合いねぇ……」
穂波は渋い表情で、爛々と輝く紅い瞳で自分を見つめ続けている首へと目を向けた。相変わらずの迫力に腰が引けそうになるが、不思議な事に余り敵意は感じない。
「ツイカ一年分」
まずはヴィルの世界のクエスト報酬を神に要求する。一年分と言うと結構な量があるように思えるが、そもそもツイカは食前酒として飲まれる酒で、浴びるように飲むヴィルの方が珍しいらしい。その事を本人に聞いてみると、「いいじゃない、好きなんだから」というあっけらかんとした答えが返ってきたものである。それについてはその通りなので穂波にも異論はないのだが、問題は一年分が誰基準で設定されているかだ。一般人の食前酒ベースだとすると、一年分と言っても大した量にはならない。
「はいっ、ツイカ一丁、頂きましたっ!」
鬱陶しいくらい元気な神の返事と共に、樽が現れ芳醇な香りを辺りに漂わせ始めた。
「えっ?待って待って」
樽の出現は一つや二つでは終わらず、次々と穂波の目の前に積み上げられていく。どうやらヴィル基準での一年分らしい。穂波にしてみれば幸いな事だったが、逆に量の多さに軽く引いてしまう。
「一つ二百として二千!?一日六リットルも飲んでるの、あの人!」
ピラミッド型に積み上げられた十の樽を前にして、ただただ目を丸くする穂波。思い返してみれば、出会った翌日に見た空き瓶の量も尋常ではなかったし、二人でアメリカ(風)の世界を見て回っていた時も事あるごとに何か飲んでいた気がする。
「……まあ、いっか……」
本人に言ったところで「いいじゃない、好きなんだから」と返されるのは明白だった。
「えーっと……」
このツイカとヒメの身柄を交換といきたい穂波だったが、八岐大蛇を前にすると十樽のアルコールは余りにも貧弱だった。どう考えても一口でいかれてしまう。とは言え穂波が切れるカードは殆ど無い。後はせいぜいヴィンアルス一年分だが、これにしてもあって目の前の樽と同じくらいの量だろう。ならば使いどころを間違う訳にはいかない。




