今さら言えない異世界ガチャの秘密 5
「そして、何と!何とですよ!本日のガチャも、ピックアップ異世界ガチャとなっております!はい、拍手ー」
室内に神が手を叩く音だけが虚しく響き渡る。だが、そんな事でめげる神ではない。何としてでも盛り上げようと、ひたすら拍手を続ける。
「ちゃんと言ってくれるんだ」
穂波が意外そうな視線を向けると、神は手を止め明後日の方を向いてしまった。
「それは、まあ……この流れで黙っていると、ピックアップだったとバレた時が怖いですからね」
「とてもじゃないけど、神の言葉とは思えないな」
呆れたような聖のツッコミだったが、神は軽く肩を竦めただけだった。
「で、今日はどんな世界がピックアップされてるのよ」
「おっ?やはりそこが気になる感じですか?」
分かってますよとばかりに神がニヤニヤと笑う。
「別に。せっかくだから聞いてあげるだけよ」
その笑顔に苛立った穂波が反射的に否定する。だが、その口調からはピックアップへの興味が隠しきれていなかった。
転生する可能性の高い世界についての情報が事前に分かるというのは悪い話ではない。拍手こそしなかった三人だったが、内心では歓迎していた。
「皆さん、本当に素直じゃありませんねぇ」
そんな心の内を見透かしているのか、神はもったいをつけつつ例の手帳をパラパラと捲っている。
「何でもいいから、さっさと教えてよ」
この状況を楽しんでいるようにしか見えない神の姿に、穂波は苛立ちを隠しきれない。それでも精一杯、己の感情を押し殺し作り笑いを浮かべて見せる。
「仕方ありませんねぇ。穂波さんがそこまで言うのであれば、お教え致しましょう」
どこまでも上から目線な台詞に、僅かに穂波の笑顔が崩れかける。何とかすぐに立て直したものの、その頬は微かに引きつっていた。
「本日のピックアップ異世界ガチャは、題して!……ドゥンドゥルルルルルル」
一人ドラムロールで盛り上がる神を、三人は冷めた目で見つめている。だが、神はそんな冷たい視線が己に突き刺さっている事も意に介さず、やりたい事をやりきってから、ようやくピックアップの内容を告げた。
「ジャン!《モフモフ!異世界の動物と触れ合ってみよう》です」
盛り上げに盛り上げたつもりの神の期待に反し、三人の反応は薄い。一様に微妙な表情浮かべ、お互い見つめ合っている。
「……動物、か……」
京平の呟きは苦い。残念ながら高坂の治療には直結し無さそうなピックアップである。これならば穂波の言う通り、引かない選択肢もあり得るかもしれない。
「おや?お気に召しませんか?モフモフ」
そんな空気を感じ取ったのか、神が慌てて場を取り繕い始めた。
「別にそうは言わないけどな……」
京平の脳裏に浮かんでいるのはクプヌヌだった。どんな世界にも概ね動物は存在するだろう。そんな中でわざわざ動物をアピールしてピックアップしてくるという事は、面倒な生き物と出会わされる気がして仕方がない。
「また、クプヌヌがピックアップされてそうだしなぁ」
同じことを考えていた聖は、素直に疑問を神にぶつけてみる。
「おっと、皆さん、本当にクプヌヌがお好きですねぇ……何と今回、クプヌヌの世界はピックアップされて……います!」
「だと思ったよ」
一人はしゃいでいる神にそう言い捨てた京平は、改めてピックアップガチャへと思いを馳せる。だが、余りにも漠然とした内容に、取るべき行動が決められないでいた。そしてそれは他の二人も同じらしく、難しい表情でうんうんと唸っている。
「何を悩む必要があるんです?別にピックアップ以外の世界が出なくなるわけではないんですし。少しばかり確率が変わるだけじゃないですか」
「そもそも、その確率が全く開示されてないんだけど?」
不機嫌そうな穂波の声だったが、神は全く怯まない。異世界ガチャの仕様に関してだけは、頑なに態度を変えようとしない。
「中身も割合も公表してないのは……」
「先入観なく異世界を体験して欲しいからでしょ。知ってる。もう何回も聞かされたし。耳タコよ、耳タコ」
神の台詞を奪って黙らせる穂波。ユキを救える世界にも動物はいるだろうが、都合よくピックアップされているとは思えない。僅かでも可能性が低くなるだけでなく、クプヌヌとやらがいる世界の確率が上がっているのならば、今日はパスしてもいいだろう。




