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ブラックライン 7

「ところでさ、随分とのんびりしてるけど、ワールドクエストの発表とかしなくていいのかよ」


 聖の死体を眺めるのにも飽きた京平が、神に尋ねる。前回は聖の転生後早々に、手帳を取り出してはノリノリで読み上げていた神だったが、今回は全く動こうとしない。隙あらば寝転がってテレビでも見たい、そんな緩み切った雰囲気を出している。


「えっ?ああ、今回、聖さんが引いた世界では、向こうの担当者が発表する事になってるんですよ。たまにいるんですよねー。調子に乗って色々やっちゃう人が」


 他人事の様に言う神を、京平は冷めた目で見ていた。目の前の神も調子に乗って色々やってしまうタイプにしか見えない。


「何だ、それじゃ聖がどんな世界引いたか分からないのか」


 別に今それが分かったところでどうこう出来る訳でもないが、やはり少し残念な気がする。そんな落胆の思いが声音に出てしまった京平だったが、神は何でもない事の様に答えた。


「えっ?それくらい分かりますよ。わたくしをいったい誰だと思ってるんです?転生の神ですよ、転生の。ちゃんと転生先の事くらい把握してますって」

「クプヌヌって何だよ」

「えっ?」


 調子よく喋っていた神が、京平の一言で言葉に詰まる。


「だから、前回聖が引いた世界のワールドクエストに出てきたクプヌヌって何なのかって聞いてるんだよ。転生先の事くらい把握してるんだろ?」

「ええ、それはもう、勿論把握していますとも」


 そう答えた神だったが、その目は全力で泳いでいた。


「後学の為に教えてくれよ。今度は俺がその世界を引くかもしれないんだからさ」

「えーっとですね、クプヌヌと言うのはですねぇ……」


 そう言いながらポケットから手帳を引っ張り出し、ペラペラと捲っては目を走らせているが、目的の物は見つからない。


「クプヌヌはクプヌヌでして……」


 何とか取り繕うとするが、京平の冷たい目がそれを許さない。


「えー、クプヌヌと言うのはつまり……」


 そして苦し紛れに出てきたのは、


「クリームプリンヌメヌメ」


 と言う訳の分からない言葉だった。当然、そんな答えで京平が納得する訳もなく、大きなため息を吐かれる羽目になった。


「だって仕方ないじゃないですか。誰が何と言おうとクプヌヌはクプヌヌなんですよ。それ以上でもそれ以下でもなく」


 必死に言い訳を並べる神だったが、勿論京平には届かない。心底がっかりとしたとでも言う様に、ゆっくりと首を振って見せている。


「あっ、でも、聖さんの今の世界のクエストは分かりますよ。分かりますとも!」


 そんな京平の関心を取り戻そうと必死な神。


「えっとですね、ラインを止めるな!品質を上げろ!労災はゼロに!の三本ですね」


 その言葉を聞いた京平の神に向ける視線は、より一層冷たい物になった。


「……バイト行ってるんじゃないんだからさー」


 先程までのがっかりの上に、うんざりも加わったような京平の口調。


「本当なんだからしょうがないじゃないですか!疑うなら京平さんもスペシャルガチャで行ってみればいいんですよ。はい、これスペシャルガチャチケット」


 神は手帳に何やら書きつけると、ビリっと頁を切り取って京平に差し出した。初対面の時に渡された名刺と同じく達筆な文字で、すぺしゃる、と書かれている。

 京平は無言でチケットを受け取ると、そのままポケットにしまってしまう。


「えっ?ちょっとちょっと、何しまってるんですか!それ使って、聖さんの所に行ってくださいよ」

「チケットをいつ使うかなんてプレイヤーの勝手だろ」


 ニヤッと笑う京平。


「それに万が一あんたの言う事が合ってるんだとしたら、そこ絶対工場的な何かじゃん。わざわざ転生するようなとこじゃないだろ」


 聖はまたもや外れを引いたらしい。


「いやいや、これが意外にそうでもないんですよ」


 そう言って神は再び手元の手帳に視線を戻す。


「東近江市学生享年十九歳、際限なく上がっていくライン管理の難易度がパズラー魂をくすぐる。四国中央市会社員享年五十八歳、毎週更新される目標を達成すると報酬が出るのでやりがいを感じる。ね、割と高評価のレビューがある世界なんですよ」

「『おねリン』って始まったばっかりって言ってなかったっけ?」

「そうですよ。京平さん達は最初の被験……体験者な訳で」

「……そういや、享年って言ってたな。とういう事はつまり……」

「『おねリン』で言うところの本転生された方のレビューですね」

「マジの転生者のレビューかよ」


 少々呆れ気味な口調の京平に、神は笑顔のまま答える。


「それはもう、『おねリン』は絶対に成功させないといけませんから。こう見えても色々とやらせてもらってるんですよ」


 確かに、いきなり訳の分からない世界に転生させられるよりかは、自分の意志で転生先を選べる方がいいだろう。仮転生での体験や実際の転生者のレビューは有効に違いない。だが……


「レビューがその二件だけって事はないだろ?折角だから、他のレビューも教えてくれよ」

「いやー、残念ですねぇ。公開されているレビューはこの二件だけなんですよー」


 例の如くヘラヘラ笑って答える神だったが、予想通りの回答すぎて腹も立たない。


「絶対その何倍も悪いレビューあるだろ」

「それについては回答を差し控えさせていただきます」


 やはり予想通りの答えに盛大なため息をついて見せる京平。結局のところ、この神から伝えられる情報をどこまで信用出来るかに尽きる。


「……無理だな」


 暫く自問自答した後にそう独り言ちる京平。目の前の人物が神だという事を頭では理解しているのだが、心はそれを認めてはいない。


「そうですか?住めば都とも言いますし、体験もせずに拒否するのはどうかと思いますよ」


 京平の独り言を別の意味に捉えた神が、そう言ってくる。確かに神の言う事にも一理はあるのだが……


「転生してまで働きたくないでござる」

「……転生したって、生きていく為には働かないとダメなんですよ?いったい異世界を何だと思ってるんです?」


 今度は神が呆れたように言う。


「いや、それはそうなんだろうけどさ。どうせならもっと異世界的な仕事がいいじゃん?」

「聖さんが行ってる世界だって異世界なんですから、そこでの仕事は異世界的な仕事じゃないですか」


 何を言ってるんだという表情で自分を見てくる神を、同じ表情で見返す京平。


「いや、そうなんだけどそうじゃないんだよ。……まあ、いいや」


 どう説明したものかと頭を悩ませ始めた京平だったが、すぐに諦めた。この神の事だ。こっちの考えを分かった上で言っている可能性も十分にある。


「いいならいいですけど。それにしても、皆さん勤勉ですよね」

「何がだよ」

「転生されると、皆さん割とちゃんと仕事されるんですよ。不労所得で一生安泰な転生先でも、なんやかんやと働かれる方も多いですし」


 そう言った神を京平がまじまじと見つめる。いったいどこまで本気で言っているのか、その表情からは読み取れない。どこまでも本気の様にも思えるし、何も考えていないようにも思える。


「それが人間なんだよ」


 京平がさも分かったような口ぶりで言う。不労所得で一生安泰などと言われたら、寧ろせっかく転生したのだからと何やかんやとチャレンジしてしまうのだろう。


「そういうもんですか。じゃ、京平さんも是非」


 神がそのままの流れで京平に転生を促す。


「いや、行かねーって。聖が行ってるんだから、還ってきてから話聞けば済むし」


 さらっとかわす京平。わざわざ神の口車に乗る必要もないだろう。


「それもそうですね。じゃ、聖さん還ってくるのを待つとしましょうか」


 神はそう言うと、さっさと寝転がってテレビをつける。その無駄のない流れるような動きに、京平は呆れるよりも先に感心してしまった。一連の会話はこの瞬間の為だったのではと思う程だ。

 バラエティ番組を見ながら笑っている神の緩み切った姿に、京平は文句を言う気力も失せていくのを感じた。この状況で目の前の男が神だと言って誰が信じてくれよう。

 大きなため息をついた京平は、先日届いただらエルの最新刊を手に取る。この先も暫くは、まだこの神と付き合っていかないといけないのだ。一々まともに相手をしていたら体がもたない。

 そんな思いを胸に、京平はページをめくり始めた。

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