今さら言えない異世界ガチャの秘密 2
「おっはようございまーす」
いつもの調子で神が三人の元へやってきた。昨日の事などさっぱり忘れたのか、一点の曇りもない営業スマイルを浮かべている。そして手にした盆には手料理が乗っているようだが、三人は誰一人として反応する様子を見せない。
「本日の朝食は趣向を変えてみまして、シェフ転生の神特製フレンチトーストをご用意してみました。手前味噌ではございますが、高級ホテルの朝食で供されていても何ら遜色のない一品と自負しております。どうぞご賞味ください」
神は神でそんな三人に構わず滔々と口上を述べたかと思うと、それぞれの前に強引に皿を並べていった。こうなってしまっては無視を続けるのも難しい。三人は呆れたように大きなため息をつくと、皿へと目を向けた。いつもにも増して豪語するだけあって、今までの具無し汁物シリーズとは明らかに雰囲気が違う。有り体に言えば美味しそうなのだ。
「何でフレンチトーストなのよ」
それでも穂波から出たのが手でなく文句だという辺りが、神の人望の無さを現していると言えよう。
「何故って、それはまあ、この家の貧しい冷蔵庫で出来る料理なんて限られていますからね」
そう言って神がわざとらしく笑って見せると、京平は顔を顰めて応えた。
「人の家の冷蔵庫を勝手に漁っておいて貧しいも何もないだろうが」
「そうは言われましても、貧しいものは貧しいわけですし」
「だいたい、あんた、この前特売だって言ってバカみたいに大量に何やら買ってきてただろ。あれ、どうしたんだよ」
「おっと、それは、わたくしシェフ転生の神の料理を所望する、そういう意思表示と受け取って宜しいですかな?」
ニヤリと笑ってみせた神に、京平が激しく噛み付く。
「は?何でそんな事になるんだよ!」
「何故って、材料の準備まで担当してしまったら、それはもうシェフの仕事になってしまいますからね。神の仕事の片手間にありもので作るのとは訳が違ってくるのです」
「その割には、シェフ転生の神をやたらアピールしてくるじゃない」
穂波の横槍にも、今日の神は全く神は怯まない。
「事実ですからね。こう見えて出雲に名を馳せているシェフな訳ですから、それなりに有難がってもらいませんと」
「有難迷惑って言葉知ってる?」
「勿論ですとも。自分は親切にしたつもりでも、相手にとっては迷惑だったという事を表す言葉ですね。それが何か?」
余りに堂々とした神の姿を、穂波は呆気にとられたように見ていた。
「少しでいいから自分の胸に手を当てて考えてみなよ」
律儀に穂波の言葉に従って胸に手を当てた神だったが、その後はただただ首を傾げるばかりだ。
「うん、分かった、もういいや」
神の心には棚が無数にあって、事あるごとに自分の言動を棚上げしていってるに違いない。そういう相手だと分かってはいるものの、どうしても一言言わずにはいられない穂波だった。
「そうは仰いますがね。今回、フレンチトーストにさせていただいたのは、穂波さんの為でもあるのですよ」
そんな穂波の態度に、全身で遺憾の意を表しながらも神が言う。
「は?意味分かんないんだけど」
落ち着きかけていた穂波の心が一瞬でざわつく。神を見据える目が、僅かに剣呑な光を帯びた。だが、神は気付いているのかいないのか、得意げに話し続ける。
「昨日、還ってこられた穂波さんが、随分と甘味を欲せられていたようでしたのでね。ちょっとした神の気遣いって奴ですよ」
「誰のせいで、そうなったと思ってるのよ」
眼光鋭く神を睨みつける穂波だったが、神は心底不思議そうに首を傾げると穂波から順に三人を指差していく。
「ガチャを回されたのは皆さんですし。何せ……」
「ガチでやってるって言うんでしょ?じゃあ、何で三人バラバラにガチャ回したっていうのに、同じ世界の同じ場所に転生したのよ」
「それは皆さんの引きの良さと言うか悪さと言うか。何にせよ、皆さんの運、の結果ですよ」
ハハハと笑う神だったが、当然穂波は納得しない。




