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ブラックライン 6

 その頃、聖はと言うと、煌煌たる灯りに満たされた、無機質な空間に突っ立っていた。

 頭上で輝くその灯りは、直視するのを躊躇うほど明るい。

 余りの眩しさに思わず目を瞑った聖だったが、正面に何か見えた気がして薄目を開ける。そこには質素な事務机と、その向こうに座るビジネスマン風の若い男性が見えた。

 その男性は手元の書類に何か書き込んでいるのか右手を忙しなく動かしており、突然現れた聖に気付いているのかいないのか目をくれる様子もない。

 暫くその様子をぼんやり見ていた聖だったが、目が慣れてくるに従い辺りの様子も分かってきた。どうやら事務室のような場所らしい。壁面には何やらファイルの詰まったキャビネットが並んでおり、事務機器らしき物も幾つか置かれているのが見える。

 依然、聖に興味を持つ様子のない男性だったが、チラッと自分の腕時計を確認すると脇に置かれていた卓上マイクを引き寄せた。


「おっはようございます、早番の皆様!今日も一日元気に参りましょう!」


 スイッチを入れるや否や、妙に明るくそれでいて有無を言わさぬ口調でそう告げると、さっさとマイクのスイッチを切ってしまう。そしてそこで、ようやく聖へと目を向けた。


「新人さん?新卒?中途?短期?」


 矢継ぎ早に質問を飛ばしてくるが、聖はその意図が分からず答えに詰まってしまう。


「ん?今日初めて来た新人さんだよね?」


 そう言いながら視線を落とし、何かを確認するように手元の紙をパラパラとめくっている。


「あっ、はい、多分、そうです……」


 とりあえず自信無さげに答えてみたものの、正直訳も分からずこの世界に飛ばされて来ている状況では、自分が相手の言う新人にあたるのかどうかも判断がつかない。


「ん?未経験?大丈夫、大丈夫、うちは未経験者でも大歓迎だから」


 そんな聖の様子をどう受け取っているのかは分からないが、男性は気にした様子もなく話を進めていく。


「で、お名前は?」

「あっ、聖です。直江聖」

「直江さんね……お、あったあった。うんうん、短期の人ね」


 どうやら手元に聖の資料もあるらしい。めくっていた紙の束から一枚引き抜くと、何やらチェックを入れている。


「はいはい、特に問題ないようなので、オッケーです」


 聖にしてみれば何がオッケーなのか分からないが、男性は構わず話を進める。


「では、17番から20番迄のラインを担当して下さい。宿舎は2046号室になりますが、これは終業後に案内が出ますので、それに従ってもらえば結構です。早番の作業は8時15分からなので、それまでに遅番の担当者からの引継ぎは済ませといてくださいね」


 男性がそう言いながら机の上の妙な機械を操作すると、扉になっていたのか壁の一角が音も無く開いた。


「あちらからどうぞ」


 そう言うとそれっきり聖に興味を無くしたかのように、元の作業に戻ってしまう。疑問は山ほどある聖だったが、話しかけられる雰囲気ではない。

 質問を諦めた聖は男性に軽く会釈をすると、とりあえず言われた通りラインとやらに向かおうと扉の方へと進んでいく。

 扉の外はどうやら通路になっているらしい。大勢の人が歩いている気配が感じられた。

 まずはそっと、通路の様子を窺ってみる事にする聖。その目の前を幾つもの人影が通り過ぎていく。

 人の姿に近い者でも緑の肌、赤い肌、角有、羽有、尻尾有と、多種多様な姿の者が通ったが、それだけではない。機械のような姿の者、四足獣に、粘体。もはや人と言っていいのか判断に迷う姿の者も数多い。


「……なんだ、ここ……」


 困惑気味に呟いた聖だったが、やがて覚悟を決めて人の流れへと身を投じた。姿形は違えど、それは聖も知っている風景そのものだ。


「まるで通勤だな」


 ラインはこの先に待っているのだろう。流石の聖でも、この世界がどんなものか凡そ見当がついていた。

 聖が人混みに揉まれながら歩き出すと、それを待っていたかのように通路にアナウンスが流れる。声の主は勿論先程の男性だ。


「えー、今日は初出勤の新人さんがいらっしゃるので、今週の業務目標をおさらいしておきまーす。新人さんはよーく聞いておくように」

「業務目標……ワールドクエストの事かな……神が発表するんじゃないんだ」


 呼び名が変わっただけで随分と印象も変わる物である。全くワクワクしないままに、男性のアナウンスに耳を傾ける。


「ひとーつ、ラインを止めるな!

 ふたーつ、品質を上げろ!

 みーっつ、労災はゼロに!

 以上、目標達成の暁には、ボーナスとしてそれぞれ、バイク、昇進、ドローンが進呈されまーす。それでは、皆様、本日もご安全に!」


 アナウンスが終わると、静かだった通勤の群れが少しざわついた。可哀そうに……とか、物好きな奴もいるもんだとか、と幾人かがネガティブな感想をボソボソと呟くのが聖の耳にも入った。


「……」


 聖は無言でこの異世界ガチャの結果を噛み締めながら歩みを進める。暫く歩くと、ひらけた場所へと出た。

 甲子園何個分かも想像できない広大な空間に縦横無尽にベルトコンベアが張り巡らされ、引っ切り無しに何かが流れている。

 そしてコンベアの横には小さな生き物らしき存在が整然と並んでおり、一所懸命に流れ作業に勤しんでいた。四角い体に付いた手足をせっせと動かしている。

 コンベアの合間合間には監督所のようなスペースがあり、責任者らしき者達がラインの動向に目を光らせている。出勤者はそれぞれの持ち場であろうスペースへと散っていくが、聖はどこへ向かったらいいのか分からない。


「まずい」


 慌てて辺りを見回す。コンベアやスペースの近くに案内板のようなものはあるのだが、そこに書かれている内容は全く理解できない。これでは持ち場がどこか探しようがない。


「読み書きは基本的な意思疎通じゃないのかよ……」


 確かに前の世界でも文字は読めず苦労したが、その時はまだ偶々かも知れないと、希望を残していた。だが連続でとなると、その希望も打ち砕かれたと言ってもよさそうだった。


「やばい、これは本格的にやばい」


 監督所についた出勤者は、それぞれ遅番の責任者と会話を交わしだす。さっきの男性が言っていた引継ぎなのだろう。長々と話し込んでいる者もいれば、二言三言で終わらせている者もいる。

 中には粘体と昆虫のような組み合わせも存在しているが、目にした限りは何の問題もなく意思疎通できているらしい。

 そんな不思議な光景に目を奪われていた聖だったが、すぐに自分の置かれている状況を思い出し慌てだす。

 引継ぎが済んだであろう遅番が次々と帰りだしている。正確な時間は分からないが、作業開始まで残された時間はそう多くはないだろう。

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