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Bad Will Hunting 15

 逃げる時は途方もなく長い距離を走った気がしていたのだが、戻ってみると案外そうでもない。予想よりも早く戦場跡に着いた穂波だったが、その凄惨さも予想以上だった。


「……」


 噎せかえるような生臭さに堪らず腕で口と鼻を覆うが、その程度で防ぎきれるレベルではない。襲い来る吐き気にやめておけばよかったと後悔の念が沸き起こるが、ここまで来た以上やるしかない。


「……何だろ?」


 肉を切りやすそうな死体を探す穂波は、時折血の匂いとは違う異臭が混ざる事に気付いた。腐臭、と言ってしまえばそれまでかもしれないのだが、目鼻口の粘膜に来る刺激は穂波の知っているそれを遥かに超えていた。


「あっ、やべっ」


 原因を探るべく手近な死体に近付いた穂波は、その傷口をみて顔色を変えた。鋭い何かで貫かれたようなその傷口はどす黒く変色し、膿んだようにグズグズと崩れかけていた。


「毒だ……」


 自分の迂闊さを呪いつつもすぐにワイヴァーンの毒についての自分の記憶を辿る。自分の知っているワイヴァーンの毒は毒針の傷から入り込むタイプだ。そして何より強力で即効性がある。


「……てことは、結局、腐臭って事かな」


 この刺激が毒そのものだとしたら、既に命を落としているはず。だが、幸いにもそうでもないという事は、毒の影響で肉が異臭を放っているだけなのかもしれない。

 納得したように頷いた穂波は、他の死体へと急いだ。たちまちすぐに影響がないとはいえ、このままずっと晒され続けて無事である保証はどこにもない。そして何より、単純にこの場の環境が不快で仕方がないのだ。


「肉……肉……毒の無い肉」


 この場から離れたい一心で、必死に食用に耐えられそうな肉を探す穂波。その甲斐あってか、すぐに毒に冒されていない死体を見つけることが出来た。胴の至る所を爪で斬り裂かれ、首筋は大きく噛み千切られているが、針による刺創は見当たらない。横たわっていても見上げれば首が痛くなるほどの巨躯だが、傷は穂波の手が届きそうな位置に幾つもある。これならば作業自体は苦もなく行えるだろう。

 穂波は比較的綺麗そうな傷口を選ぶと、両手を合わせ目を閉じ首を垂れる。小声で弔いの言葉を唱え、黙祷を捧げる。


「さて、と」


 祈りを終えた穂波は、包丁を握り直すと傷口に刃を入れた。予想した通りに固い肉はなかなか刃を通さない。刃先に力を集中させようと穂波が包丁に体重をかけた、その瞬間を見計らったかのように神の声がその耳に届いた。


「おっめでとうございまっす。薬草を採取しろ、クリア。灼熱灰燼鎗ゲット!引き続きハンティングライフをご堪能下さい」


 耳が痛くなるほどの声量に驚かされ危うく手元が狂いそうになった穂波だったが、慌てて包丁から手を放しつつ身を引いて事なきを得た。


「……そっか。同じ世界だからか、あっちがクリアした内容も伝わるんだ……」


 ここまで一人違う世界に転生することが多かった穂波である。唯一、京平と同じ世界に転生した時はずっと行動を共にしていた為、今回のようなシチュエーションは初めてだった。


「……まあ、まだ無事だって事が分かったからいいか」


 この場にいない神に文句を言ったところで虚しいだけだ。そう自分を納得させるかのように呟き、作業に戻る。柄を持つ手に体重を乗せ刃先に力を集中させると、今度こそ包丁はゆっくりと肉に飲み込まれ始めた。それからも暫く四苦八苦した穂波だったが、やがて不格好ながらも一ブロックの肉を切り出す事に成功した。三人で食べるには少々大きいが、少ないよりかはいい。


「じゃ、さっさと退散しますか」


 いつしか遠くの空には鳥らしき生き物の姿があった。大きさが全く分からないだけに距離感もつかめないが、今逃げ出せば間に合わないという事はないだろう。

 穂波は塊肉を大事そうに抱え直すと、洞窟へと走り出した。

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