Bad Will Hunting 12
「大丈夫?」
心配そうな穂波の問いに、京平は肩を竦めつつ答えた。
「見えなくったって問題ないさ。何て言ったって、こっちには邪なる存在を感知できるパラディン様がいるんだからな」
「それが出来れば苦労しないから。いや、努力はするけどね。でも、逆立ちしたって出ないもんは出ないし」
いつも通りの京平達のやり取りに、思わず吹き出す穂波。その姿にホッとしたのか、京平も微かに笑みを浮かべる。
「とにかく、何かあったら逃げる事。何よりも自分が死なない事を最優先で。全滅さえしなければ、生き残った誰かがこの世界について調べられるだろうし」
「うん」
「俺達の事は基本無視で。余裕があれば一声かける位の気持ちでいい。どうせ奥まで行っていれば聞こえないだろうし」
「うん」
「とりあえず二時間を目途に俺達も戻って来る。もし二時間経っても戻って来てなかった場合、一旦この場から離れてくれ」
「うん」
矢継ぎ早に繰り出される京平の指示に一つ一つ頷いていた穂波が、左手首の腕時計に目を落とした。機械式のその時計は、現世と変わらない感じで時を刻んでいるように見える。今のところ、どこへ行っても針が止まってしまう事は無かった。おかげで時刻は分からなくても、時間の経過は見てとれる。
「近くに安全な場所があれば、そこからここの様子を窺ってくれるとありがたいんだが……」
「安全、か……」
外へと視線を向けた穂波は、微かに表情を曇らせた。この世界に安全と言える場所があるのだろうか、そんな疑問が表情に出てしまっている。
「そうは言っても、こっちはこっちで割と良くない状況じゃん」
穂波の指差す先にあるのは、これぞ死屍累々と言わんばかりの猪の死体だ。
「これ、そのうち絶対何か来るでしょ」
この世界の生態系がどうなっているか分からないが、死肉を漁りに来る生物がいないとは思えない。
そんな穂波の指摘に対し、京平は悩ましそうに頭を掻いた。確かに穂波の言う通りこの場に残っても決して安全とは言えないだろう。だが、それでも未知の危険に晒すよりかはいい。
「確かにそれはその通りなんが……結局、最終的には穂波の判断に任すとしか言えないんだよな。ここでとやかく言ったところで、どう転ぶかはその時になって見ないと分からないし」
「ああ、うん、大丈夫。こんな状況、みんな初めてだもん。出たとこ勝負でやるしかないでしょ」
心配しないで、とでもいうかのように笑う穂波。どうせ右も左もわからぬ世界なのだ。それぞれがその場その場の判断で最適と思える行動を取るしかない。
「そっちこそ気を付けてよね。ちゃんと帰ってきてよ」
いつもの調子を取り戻したかのような穂波の言葉に、京平は少しホッとしていつものように軽口で応じる。
「勿論。最悪何かあっても、どっちかは走って逃げてくるさ」
「揃って帰って来いって言ってるのよ」
「善処する」
「帰ってこなかったら正座ね」
「だから善処するって言ってるだろ」
まるで夫婦漫才かのような二人の会話をニヤニヤと見守る聖。だが、放っておけばいつまでも続きかねないその雰囲気に、仕方なく会話に割って入った。
「じゃ、行くとしますか」
そう言ってランタンを京平に手渡した聖が、剣を担ぎ上げる。その姿はそれなりに強敵との死線を潜り抜けてきたからか、どことなく頼りがいがありそうにも見えた。
「……ずっとそんな感じでいてくれればいいのに」
せっかくの会話を遮られ、恨み言の一つでも言ってやろうかと聖に目を向けた穂波だったが、思わず漏れ出た呟きは別の不満だった。慌てて後に続きそうになった言葉を飲み込み京平達の様子を窺うが、二人共聞き取れなかったらしい。
「どうかした?」
「ううん、何でもない」
首を傾げた聖が尋ねてくるが、穂波は笑って誤魔化す。
「そっか。なら、いいけど」
聖もそれ以上は追求せず、京平の方へと向き直った。




