Bad Will Hunting 11
「とりあえず、俺と聖で奥を見てくる。穂波はここで外を見張っていてくれ」
「分かった」
京平の指示に、穂波は真剣な表情で頷いた。この世界で一人になるのは不安だが、三人揃って未知の領域に足を踏み入れるリスクを冒す訳にもいかない。聖は聖でサムズアップで同意を示したが、すぐに何かに思い当たったのか声を上げた。
「問題ない。あっ、でも、洞窟の奥、暗いだろ?明かりはどうする?松明でも作る?」
森まで戻れば材料になりそうな枝は豊富にある。だが、聖の質問に京平は呆れたようなため息で答えた。
「お前さぁ……何の為の初めての冒険セットだと思ってるんだよ」
「えっ?あっ、あー……」
一瞬何の事か分からずキョトンとした表情を浮かべた聖だったが、すぐに京平の言わんとしていたことを理解し大きく頷いた。
レリー達と出会った世界のクエスト報酬として得た初めての冒険セット。そのレリー達との野営で使用した際、全員で何がセットに含まれているのかチェックした事をすっかり忘れていた。
「ランタンあったな」
「それも指向性の奴な」
初めての、と付く割にはいい物が入っていると、レリー達も感心した物である。
「京平の分もあるんだっけ」
あの世界のクエストは二人共全て達成した為、当然報酬も倍になっていた。
「やっぱりファンタジー世界は頼りになるな」
「悪かったわね。日本風は頼りにならなくて」
聖の一言に穂波が拗ねる。聖にしてみれば悪気があった訳ではないが、異世界の引きの悪さを気にしているらしい穂波の心を見事に抉ったのだ。今のところ、バブル期の名車を本来の用途とは全く違う使い方で穂波自身が使った以外、彼女の獲得した報酬は使われていない。
「ま、まあ、穂波が手に入れた報酬だってそのうち必要になるって」
慌てて取り繕うように聖が言うが、穂波はそっぽを向いてしまう。
「初めての冒険セットの受け取り」
「合点承知の助!」
京平はそんな二人のやり取りを見て肩を竦めると、神に声をかけた。いつも通りイラっとさせられる神の返事の後、三人の目の前に冒険セットが出てくる。
「……いつの時代を生きてるんだよ……」
心底うんざりと言った様子で京平が神に毒づく。その横では聖が早速背負い袋を開け、ランタンと火打石を取り出していた。その様子を気にしてない感じを出しつつ横目で見ていた穂波だったが、結局好奇心に負け背負い袋を覗き込んだ。
「……これは頼りになるわ……」
脱帽と言った感じに呟きながら、中身を物色していく。ロープや寝袋と言った冒険の必需品の他にも携帯用の調理器具や保存食等が整然と詰め込まれていた。確かにこれさえあれば、初めての冒険でも安心だろう。自分の手に入れた何が出てくるかすら定かではない三種の神器とは大違いだ。
「だろ?」
まるで自分の事かのように自慢げに相槌を打った聖が手早く火をつける。
「慣れたもんだな」
感心する京平に、聖はどこか複雑そうな表情で答えた。
「まあ、これも師匠との冒険の賜物ってところかな……」
レリーにギリギリ及第点の仕事しかしないと言われていたジェノだったが、つまりは従者としての責務は最低限果たしていたという事である。そんなジェノが仕事を放棄した聖との修行の旅においては、誰かがその役目を担わなくてはならず、そしてそれは当然のように聖に回ってきたのだった。良いように言えばリアルな冒険生活を体験出来たというところだろう。
「師匠の世話も弟子の仕事だもんな」
何となく察した京平が一人納得する。
「弟子はつらいよ」
そう呟いた聖は、ランタンの光を洞窟の奥へと向けた。ぼんやりと照らし出された道は、更に奥の暗闇へと飲み込まれるように続いている。
「……真っ暗」
そこにあるのは、都会っ子の三人が経験したことのない真の闇だった。




