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Bad Will Hunting 9

 そしてそんな猪達に気付いたワイヴァーンもまた、威嚇するように大きく翼を広げ咆哮を上げた。辺りの空気を振るわすほどの轟音に耳を抑えた三人は、続けざまに猛烈な地響きに襲われその場に崩れるようにしゃがみこんだ。その横を怒涛の勢いで駆け抜けていった何頭かの猪は、樹々に怯むことなく森に突っ込んでいく。そのままワイヴァーンへと猛進するが、あえなく空へと逃げられてしまった。

 猪達は勢いそのままに暴れ、辺りの樹々を薙ぎ倒している。その姿はまるで頭上の敵を威嚇するかのようだったが、ワイヴァーンは油断なく上空を旋回するのみだ。


「……これはどうしようもないなぁ……」


 自分達では手の施しようがない事態である事を悟った聖。何をするにも自分達は余りに小さすぎる。為す術もなく戦況を見守る三人の目の前では、隙を見せた一頭の猪にワイヴァーンが襲い掛かっていた。急降下して首筋に噛み付き、その巨体をものともせずに持ち上げる。そしてそのまま大きく首を振るって、近くの猪めがけて投げつけた。もつれるようにして地面を転がった二体は、そのままピクリとも動かなくなる。


「……怪獣大戦争じゃん」


 呆れたように呟いた穂波の声音に恐怖は感じられない。余りに現実離れした光景に、どうやら感覚が麻痺しつつあるらしい。

 ワイヴァーンは再び飛び上がると勝ち誇ったように大きく叫ぶ。それでも猪達は戦意を失わずにいるが、空を飛ばれてしまっては手の出しようがない。腹立たし気に辺りをうろつき、時折頭を上げて頭上の敵に対して唸り声を上げるくらいしか出来ない。

 そうこうしている間に、再びワイヴァーンが猪に襲い掛かった。先程と同じように急降下からの噛み付きを狙うが、今度はすんでのところで躱されてしまう。やむなくそのまま上空へと飛び去ろうとしたワイヴァーンだったが、その横っ腹に突進してきた猪の牙を受けてしまった。痛みに一声吠えそのまま空へ逃げようとするが、猪は恐るべき力でその体を地面へと引き倒してしまった。


「やるなぁ」


 素直に感嘆の声を上げたのは聖だ。それほどまでに見事な牙の一刺しだった。

 猪は更に牙を深く喰い込ませワイヴァーンの動きを封じようとする。ワイヴァーンも噛み付き、翼を振るい応戦するが、猪は一歩も引かない。空という圧倒的な優位性を失ったワイヴァーンに対し、猪達は四方八方から突撃し牙を突き立てていく。


「よし、今だ。逃げよう」


 今やワイヴァーンの意識は完全に京平達から逸れていた。この千載一遇のチャンスを逃す手はない。


「そうねって言いたいところだけど……未だ前門の問題は解決されてないのよね……」


 穂波の言葉と共に振り返った三人の視線の先の平原には、無数の猪が蠢いている。一部はワイヴァーンの姿を見て逃げ去ったようだが、大半はその場に留まっていた。そしてその殆どが興奮状態でむやみやたらに走り回っているのだ。


「カオスだな」


 聖が言うように、平原は無秩序極まりない状況だ。安全な逃げ道などあるようには見えない。


「そうは言うけど、逃げるなら猪が優勢な今しかないと思うぜ」


 数と地上という二つのアドバンテージで優位に立った猪達がそのまま押し切るかに思えたが、相手は腐っても竜である。手傷を負いつつも反撃に出たワイヴァーンによって、逆に返り討ちに逢う猪も出だしていた。


「だよね。まあ、ワイヴァーンから逃げるよりかは、猪避けて進む方がマシか……」


 少なくとも猪から敵意は感じない。自分達が気を付けさえすれば、何とか逃げられそうでもある。


「だろ?だいたい猪突猛進って言葉があるくらいだから、動きも直線的だろうしさ。何とかなるって」


 聖の意見は楽観的だが、京平達は懐疑的だ。


「俺達の知ってる猪と同じならいいけどな」


 大きさの時点で既に知っている猪ではないだけに、習性も違ったとしても不思議はない。


「ドッジボールならぬドッジボアってところね」

「当たったらこの世界から退場だな」

「何その嫌なデスゲーム」

「大丈夫。スペシャルガチャですぐに復帰出来るし」

「いや、それは石の無駄遣いにも程があるだろ」


 覚悟を決めたのか、思い思いに軽くストレッチをしながら軽口を叩き合う三人。生き残るには走るしかない。


「とりあえず、山まで逃げよう」

「運が良けりゃ、逃げ込める洞窟の一つでもあるってか」


 聖が目を細めるが、猪やら砂煙やらで山の様子は見通せない。


「運が良ければ、ね……」


 全員の不安を代弁するかのように呟いた穂波が肩を竦めた。


「ここまでろくでもない展開が続いてるんだしさ。そろそろ当たりが来るって」

「天井まで当たりが来ない事も普通にあるけどね」

「そもそも天井があるかどうかも怪しいしな」


 あくまでも楽観的な聖に対し、穂波達はどこまでも悲観的だ。


「……少しは希望を持とうぜ。そんなんじゃ引ける当たりも引けないって」


 そんな二人に眉を顰める聖だったが、穂波達に意見を変える気は無い。


「それで当たりが引けるなら幾らでも希望は持つけどね。現実は非情なのよ」


 どこか遠い目をして答える穂波。その姿からは歴戦の敗北者の風格すら感じられる。


「別にいいけどさ……」


 諦めたように首を振った聖の背後から、ワイヴァーンの咆哮が聞こえてきた。

 怪獣大戦争は未だに続いていたが、やはり地に墜ちても竜は竜。ワイヴァーンは一頭、一頭、また一頭と猪を屠り、徐々に優位に立ちつつあった。


「無駄話はここまでだな。行くぞ!」

「おう!」

「うん」


 聖達が京平の掛け声に応えると、三人は弾かれたように猪の群れの中へと駆け出した。

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