ブラックライン 3
「うわっ、びっくりした」
家に帰りついた京平達の目に飛び込んできたのは、扉の前で膝を抱えて座り込む神の姿だった。
「人の家の前で何してるんだよ」
呆れたような京平の声で二人に気付いた神は、恨みがましい目で見上げてくる。
「何って、京平さんが不在だったので、こうして待っていただけですけど」
拗ねた感じを出しているが、全くかわいげは無い。
「ったく、いつから居るんだか」
そんな神を雑に押しのけ家に入る。
「かれこれ四、五時間ですかね」
大袈裟に伸びをしつつ、神も二人に続いた。
「やめろよ!近所の人に見られたらどうするんだよ」
「御心配には及びません。ちゃんとご挨拶はさせていただいてますから」
「だからやめろって。ここに住めなくなるだろうが!」
思わず頭を抱える京平。
「じゃあ、合鍵下さい。そうすれば、大人しく料理作って待ってますので」
「絶体に断る。神なんだから、いいタイミングを見計らって来ればいいだろ」
「だから何度も言ってるじゃないですか。わたくし……」
「転生の神だから、転生以外の権能持ってないって言うんだろ」
台詞を取られた神は何やら一人でブツブツ文句を言っているが、当然二人は取り合わない。
「そう、で、その転生について訊きたいことがあるんだが」
部屋に入って落ち着いたところで京平が切り出す。
「何かご不明な点でも?」
「あんたの権能って、本当に転生なんだよな?」
「何ですか?まだ疑ってるんですか?何度も言っているように、わたくしは転生の神ですよ。転生の神なんですから、その権能は転生に決まっているじゃありませんか」
心外だと言わんばかりの神の様子に、京平は念を押すように質問を続けた。
「じゃあ、俺達が異世界へ行っているのも、転生、なんだよな?」
「勿論ですとも。なにせ、わたくし、転生の神ですから」
ドヤ顔でポーズをとる神を、京平は真剣な眼差しで見据える。
「じゃあ、俺達はどこか異世界に行くたびに、死んでるのか?」
神の動きが止まる。
「異世界ガチャの度に、この世界で死んで、違う世界に生まれ変わっているのか?」
その強い口調に誤魔化しきれないと悟った神は、二人に視線を合わせないようにしながら答えた。
「……ええ、まあ、転生、ですから、それは、ねえ……」
「……死んでるのか……」
思わず天を仰ぐ。
「でもさ。神様は安全だって言ってたじゃん」
「勿論!安全ですとも」
聖の言葉に食い気味に答える神だったが、視線はまだ逸らしたままだ。
「死んでるのに?」
「例え死のうとも、安全なものは安全なのです」
「なら、どう安全か説明してもらいたいもんだな」
「今更ですねぇ……」
京平の言葉に、神は少し面倒そうに答える。
「普通、最初に説明があって然るべきな内容だろ」
その態度にイラっとした京平だが、腹を立てれば負けだと自分に言い聞かせ、平静を装い話を続ける。
「いやいや、ずっと転生するってお話してましたよね?転生ですから、その辺はご理解いただいているものと……」
「『おねリン』の説明では、仮ですから本当に死ぬ必要はございません、って言ってたよな、確か」
「それは当然でしょう。本当に死んだら、京平さんも聖さんも、ここでこうしてはいられませんからね」
どうにも噛み合わない会話に京平のイライラが募る。
「頼むから、分かるように説明してくれよ」
根負けしつつある京平に対し、仕方が無いなとばかりに上から感を出しながら神が説明を始めた。
「ですから、全ては仮なのですよ。『おねリン』は仮の転生、仮転生をしていただくという事は前にお話ししましたよね?」
神の言葉に頷く聖達。仮転生という聞きなれない単語だからよく覚えている。
「であれば、死ぬのだって仮な訳ですよ、仮。つまり、仮死」
「仮死?」
「そうです。仮死。今回は氷室明神様のお力添えをいただく事で、転生の為の死をコールドスリープにて実現しているのです」
「こおるどすりぃぷ……」
思いもしない単語に言葉を失う二人。
「はい、コールドスリープです。流石は氷室明神様ですよ。それはもう一瞬でカチンコチン。あれはもう見事なものです」
一人満足げに頷いている神。
「じゃあ、死体は?聖だけが転生した時だって死体はなかったぞ」
「確かに。京平のチュートリアルの時だって、消えるようにいなくなったもんな」
京平の言葉に聖が頷いているが、神はそんな二人を残念そうな表情で見つめた。
「いやいや、少し考えたら分かるでしょう?仮に昨日お二人が転生していた際に死体があったとしましょう。そこへ穂波さんがやってくる訳ですよ。じゃあ、その後どうなります?通報ですよ通報。ただでさえ危なかったのに、死体まであったら問答無用ですよ」
「そりゃ、そうなるよな」
「転生者、現世、異世界の三方良しを目標としているのに、現世に迷惑をかける訳にはいかないでしょう」
神が捕まるだけだったら迷惑掛からないだろうと思った京平だったが、口には出さない。
「じゃあ、死体はどうしてんだよ」
「幽世に放り込んでます」
「かくりよ?」
「そうです。現世ではない永遠の神域たる幽世。そこに一時保存させていただいています」
「なる、ほど」
納得出来たかと言えばそうでもないが、神のやる事である。最終的には信じるしかない。
「じゃあ、転生先の体は?普通に行動出来てたぞ」
「転生の際に皆様の情報を転生先の担当者様に伝えて、向こうの世界で再構成していただいています」
「再構成……」
「はい。ま、アバターと言ったところでしょうか。仮転生は体験版みたいなもんですからね。使用できるキャラも限定される訳です。本転生なら転生先の種族も選べるようになりますから、そう言った観点で異世界を見ていただくのもいいかと思います」
「なるほど。そういうことかー」
聖はそれなりに納得したらしい。




