塔の上の転生者 3
三、一、零、一と押すと、すぐに呼び出し音が流れ始める。思わず唾を飲み込みインターホンを見つめる穂波。暫くすると呼び出し音が途絶えた。
「はいはーい」
応答したのは若い女性の声だった。聖の言葉があったせいか何となく年嵩のイメージを持ってしまっていた穂波は、少しばかり動揺してすぐには言葉が出てこない。その背後では聖達も顔を見合わせている。二人にしても予想外の声だったらしい。
「どちら様?」
言葉を失って立ち尽くしている三人に、インターホンの向こうから話を促すように声がかけられた。向こうからはカメラで三人の様子が見えているせいもあるのだろうか。特に不審がっている様子もなく、どちらかと言えば全て分かった上で、穂波達の行動を待っているようにも感じられる。
「あっ、突然、すいません。里見英莉さんのお宅でしょうか?」
気を取り直した穂波が話し始めるが、声はまだ上ずっていた。
「ええ、そうよ」
すぐに返ってきた肯定の答えにホッと胸をなでおろした穂波は、そのまま自己紹介へと進んだ。
「あの、私……転生の神様から里見さんを紹介されました、松永穂波という者なんですが……」
転生の神、と口に出すのは勇気がいったが、幸いにも相手はすぐに反応してくれた。
「ああ、やっぱり君達がそうなんだ!話は聞いてるよー。今開けるねー」
弾むような声が返ってきたかと思うと、エントランスのロックが解除され、ドアが開く。
「そのままエレベーターで上がっておいでー」
「あっ、はい、ありがとうございます」
カメラに向かって頭を下げた穂波は、インターホンが切れたのを確認し大きなため息をついた。
「……転生の神、で通じるんだな」
京平の言葉を背に受けながら穂波はマンションの中へと足を踏み入れる。
「あの名前出して通じなかったら、私、舌噛んで死ぬしかないじゃない」
「いや、舌は噛まなくてもいいだろ」
呆れたように言葉を返しながら京平達も後に続いた。
広々としたエントランスホールを抜け、三人はエレベーターに乗り込む。
「もっとマダムな感じかと思ってたんだけど、意外と若い感じだったな」
エレベーターが三十一階へと向かう中、聖達に水を向けるように京平が呟いた。あの場の空気を見る限り、全員予想していなかった声だったに違いない。となると、後の二人がどんな想像をしていたのかが気になるところだ。
「俺はおばあちゃんだと思ってたんだけどなー」
聖は最初の意見を崩していなかったらしい。
「私は聖が余計なこと言うから、悪の女幹部みたいなイメージ出来ちゃってた」
穂波は穂波で喫茶店で生まれたイメージから脱却出来ていなかった。
「何だよ、余計な事って」
京平も興味を持ったのか、横に立つ聖を肘で小突く。
「茶店にいた時、漫画だったら俺達の接近に気が付いた里見さんが部屋から見下ろしてクククとか笑ってそうって言っただけだよ」
「……ひどい妄想だな」
「だから漫画だったらって言ってるじゃん。タワマンの最上階とか、悪の黒幕住んでそうだしさ」
聖が抗議するが、京平は取り合わない。
「悪の黒幕って……だったら、手先はあいつじゃん」
「それは……お先真っ暗だな」
穂波の言葉に、京平が小さく笑った。
「一応、神様なんだから、そこは信じようぜ」
そう言った聖も微かに笑っている。
そうこうしている間に、エレベーターが最上階へと到達した。扉が開くと、申し訳程度の廊下の先にこの階唯一の扉がある。
「……すげーな」
思わず感嘆の声を漏らした聖に、後の二人も頷いて同意を示す。改めて、タワマン最上階ワンフロアぶち抜きの威力に圧倒された三人だったが、ここまで来て躊躇しても仕方がない。
少し緊張しながら扉の前に立った穂波は、後ろの二人に目で合図して呼び鈴を押した。




