或る午後の出来事 9
「で、どれにします?松?竹?梅?」
投げやり気味に神から発せられた謎の松竹梅に、京平達はうんざりした表情で顔を見合わせた。
「また、課金アイテムかよ……」
「今の世の中、情報だってタダではありませんからね」
「まあ、それもそうよね」
穂波が神の意見に一定の理解を示すと、三人は頭を突き合わせ購入の検討に入る。
「どうする?やっぱり松?」
聖の意見は、ありがたいお言葉の時の事を習ったものだった。
「そうだなぁ……ところで、値段は?」
「松が五千転生石、竹が五百転生石、梅が五十転生石になります。どうぞよろしくご検討ください」
京平の問い合わせに、神は完璧な営業スマイルで答えた。
「相変わらずの桁よ……でもまあ、そう言う事なら松でいいんじゃないか?」
京平は考えるのも面倒と言わんばかりに結論付けたが、穂波は難しい顔で考え込んでいた。
「何か気になる事でも?」
「大したことじゃないんだけど。梅や竹の情報ってちゃんと松にも含まれてるのかなって」
そう言って神の表情を窺った穂波だったが、営業スマイル以上のものは読み取れない。
「普通に考えれば入ってそうなもんだけど……」
聖も神へと目を向けるが、営業スマイルは崩れない。
「こいつのやる事だからな……」
とどめとばかりに京平が疑いの目を向けるが、やはり営業スマイルを崩すには至らなかった。
「……いいわ、とりあえず梅で」
「あっりがとうございます。こちら、梅の情報となっております」
神は梅と書かれた封筒を笑顔で穂波に手渡す。無表情でそれを受け取った穂波は、さっさと中身を確認する。
「……里見英莉」
そこに書かれていたのは一人の女性の名前と住所だ。
「意外と普通の名前なんだな……」
聖は穂波から回ってきた紙を一目だけ確認し、京平に回す。
「今はこの世界の住人になられている訳ですからね。当然でしょう?」
神がツッコむが、三人はそれを無視した。
「三十一階って……この住所、駅前のタワマンか!」
聖から回ってきた紙を見た京平が驚きの声を上げる。
「タワマンに住む転生者……全くイメージが湧かないなぁ……」
「名前と住所だけじゃ何も分からないって」
聖の呟きに穂波は呆れたように応えると、神に向かって手を差し出す。
「じゃ、次は松を頂戴」
「はい、喜んでー」
元気よく返事した神だったが、封筒を穂波に渡そうとはしない。
「?」
訝しがる穂波を前に、右の拳を軽く握った神はその拳でリズムをとりながら、妙な歌を歌い出した。
「お茶はぬるめの玉露がいい、お茶菓子は炙ったみたらしがいい」
「……」
三人の唖然とした視線を一身に受けた神は、咳払いをするともう一度、同じフレーズを繰り返す。
「お茶はぬるめの玉露がいい、お茶菓子は炙ったみたらしがいい」
「肝心な所の文字数が合ってないから気持ち悪くて仕方がないんだけど」
「なんとっ!わたくしが魂込めて歌い上げたというのに!」
「そういうのいいから。さっさと封筒渡してよ」
例によって大袈裟に嘆く神を冷たくあしらった穂波は、半ば奪い取るように松の封筒を手にする。そして中身を確認すると、震える手で紙を京平に差し出した。
「どうした?」
嫌な予感と共に紙を受け取った京平は、一目でその理由を理解した。そこに書かれていたのは、神が歌った一フレーズのみだったからだ。




