或る午後の出来事 1
「バッカじゃないの」
穂波の冷え切った声が聖の耳を打つ。ここまで興味深げに話を聞いていた穂波だったが、あまりにもあんまりな聖の行動に思わず声が出ていた。
「バッカじゃないの」
一度では怒りが収まらなかったのか、もう一度繰り返す。
「……面目ない」
全力で身を縮めながら聖が頭を下げる。簡単に誘惑に負けた上にあっさりと石化してしまったのだ。そこに弁解の余地はない。
「いや、でも、男なら見るだろ?」
それでも一縷の望みをかけて京平に同意を求める。どうにか自分の行為の正当性を見つけ出したいと必死だ。
「あー、それなぁ……」
だが、京平の反応は芳しくない。
京平も男である以上、聖の言わんとしている事は嫌というほど分かるが、同意できるかというと話は別だ。ここで迂闊に同意してしまうと、穂波の矛先が自分に向くのは確実だ。それは何としても避けたい。
「メデューサを直視するのは流石にな……」
まるで聖がメデューサかのように視線を避けつつ、しっかり否定する。その言葉に穂波は我が意を得たりとばかりに、ほら見なさいよという視線を聖に浴びせかけた。
「いや、まあ、そうなんだけどさ……メデューサの蛇があんなに長いとは思わないじゃん。絵とか見てもだいたい肩くらいまでだろ。だから胸は大丈夫だと……」
漏れ出た聖の本音に、穂波は一際大きなため息をついた。
「ホント、バッカじゃないの」
聖らしいと言えば聖らしいのではあるが、もう少ししっかりしてくれないかと切に願う穂波。このままだと上手くいくものも上手くいかなくなりかねない。
「……返す返すも、面目ない」
聖がこれ以上ないというほど小さくなる。
「で、修行はどうなったんだよ。野球してるジェノさん達を見てるって事は、石化して終わった訳じゃないんだろ?」
少しばかり冷えた空気を何とか変えようと京平が聖に助け舟を出す。聖はこれ幸いと続きを話し始めた。
「ああ。多分、一時間くらいは石のまま放置されてたみたいなんだけど……」
「一時間も?」
レリー達の事を知らない穂波は驚くが、京平はさもありなんと頷く。
「それだけ石で過ごせるって事は、石化は死んだ扱いにはならないって事だな」
「だな。還ってこないで済んでるし」
状況を確認しあった聖と京平だったが、穂波の目がスッと細められた事には気付かなかった。
「……へえ……還されるかも知れなかったのに、メデューサ見たんだ……」
「あっ、いやっ、実際そんなところまで意識がいってなかったと言うか、何と言うか……」
しどろもどろに弁解する聖の姿に、穂波はわざとらしくため息をついて見せた。穂波にしても今更蒸し返そうという気があったわけでは無い。あまりの聖らしさに、ついつい一言出てしまっただけだ。
「どうせ、そんな事じゃないかと思ったわよ。で、続きは」
「一応、メデューサで俺の修行分は終わりだったんで、後は師匠の仕事について行ったんだけどさ」
「フロストジャイアントとホワイトドラゴンだっけ?」
「そうそう」
京平の言葉に聖が頷くが、その表情はその時の事を思い出しているのか曇っていた。
「師匠は話し合いで済めばいいけど、とか言ってたけどとんでもない」
「どっちも話が通じない系っぽいもんね」
納得と言った感じで頷く穂波に対し。聖は力なく首を横に振った。
「まあ、相手もそうなんだけど、それ以上に師匠がね……」
「そうなの?」
「襲わないで、襲う、ギャー。返して、返さん、ギャー」
いきなり訳の分からない事を言い出した聖に、穂波が怪訝な表情を浮かべる。
「は?何言ってるの?」
「訳分かんないだろ?話し合いなんだぜ。それで」
「どこが?」
京平ですら話についていけておらず、穂波と同じような顔になっていた。
「俺が知るかよ。師匠の話し合いの全文がそれなんだよ」
「……形だけにも程があるじゃない……」
「話し合う気なんてなかったんだろうなぁ……断られたら、嬉々として斬りかかっていってたし」
「ああ……」
京平の脳裏にヴァンパイア退治の時のジェノ達の姿が蘇る。力づくが一番手っ取り早く確実な手段で、それが可能なだけの実力を持っているのが龍の巫女なのだろう。
「だいたい分かった」
自分達の状況に重ね合わせれば、聖がどんな目に遭ったか想像するのは容易い。
「そうか?メイさんと二人して大暴れでジャイアント皆殺しだぜ?」
「俺はヴァンパイアを皆殺しにするマリエラさん達と一緒だった」
「ああ……」
京平の理解度を疑った聖も、その体験談にすぐさま納得する。二人の間には、龍の巫女はヤバい、という共通認識がしっかり形成されていた。




