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ブラックライン 1

 翌日。

 穂波の晴れ舞台を応援し終えた聖達は、境内の片隅にしゃがみこんでたこ焼きをつついていた。


「神社で見る松永は、いつもの二割増しはカッコよく見えるよなぁ」


 聖が何の気なしに呟く。

 流鏑馬装束に身を固め神事に臨む穂波の姿は、確かにいつもにも増して凛として美しく見えた。


「ふーん、二割増し。つまり聖には普段の私は神社に居る時より一割七分劣って見えている訳ね」


 急に背後から声を掛けられ、慌てて振り返る聖。いつの間にか二人の背後に忍び寄っていた穂波が腰に手を当て仁王立ちしていた。

 白衣と緋袴に着替えた穂波の姿からは、さっきまでとはまた違った印象を受ける。


「えっ?いや、違う違う!普段からカッコいいけど、今日は特にって話」


 聖の言葉が足りないのは今日に始まった事ではない。とりあえずツッコんでおいて、慌てる様を見るまでが様式美だ。


「ふーん、じゃ、今は?」


 二人の前でくるっと回って見せる。


「二割増し……可愛い?」

「二割増しをやめろって言ってるの」


 呆れたように言った穂波は京平の横にしゃがみこむと、スッと手を差し出した。


「私の分は?」


 京平が取っておいた穂波の分のたこ焼きを手渡す。


「ありがと」


 早速食べだす穂波。白衣を着ている事など忘れているかのようなその食べっぷりに、見ている方がハラハラさせられる。


「お、おい。汚したらまずいだろ?もうちょっと気を付けて食べた方が……」


 たまらず注意する聖だったが、穂波はお構いなしだ。


「そう思うなら、もうちょっと気を遣った物を買っておいてよ。どうせ、聖が食べたいからってこれにしたんでしょ。ね、京平」


 図星を指された聖を、京平が苦笑いしながらフォローする。


「そうは言っても、その格好で物食う時点で危険だろ」

「まあね。結局、気をつけて食べるしかないのよ」


 穂波はペロリと一パック平らげると、笑顔で二人に問いかけた。


「今日の私、どうだった?」


 三射皆中という最高の結果に、明らかに上機嫌な穂波。二人が素直に称賛すると、ますます機嫌が良くなる。


「でしょ、でしょ。凄かったでしょ。あー、今なら私、どんな願いでも叶う気がする」


 うっとりと呟く穂波。その時の事を思い出しているであろう感慨深げな表情で空を見上げていたが、聖達の存在を思い出すと照れ隠しに咳払いをして二人に向き直った。


「で、話って何?」

「あー、昨日の件なんだけど……」


 言いにくそうに切り出す京平。


「えっ」


 露骨に嫌そうな顔をする穂波。いい気分が一瞬で消え去ってしまう。


「昨日って何かあったっけ?何か、変な夢を見た気がするけど」


 穂波が精一杯とぼけて見せる。酒の力を借りていたとはいえ、ボディコンで踊りまくった昨日の自分の姿は、例え夢だったとしても恥ずかしい。思い出しただけでも顔が紅くなる。


「京平も夢だって言ってたけどさ」

「あ、そう。京平もか。そうか、うん」


 京平と同じ思考に一瞬笑みを浮かべるが、すぐに聖の言葉で現実に引き戻される。


「残念だけど、これ、現実なのよね」

「……皆中の結果がこれって、残酷過ぎない?」


 穂波が天を仰いで嘆く。別に自分の為の神事ではないが、立派に務めを果たしたのだから、少し位いい事があったって良かっただろう。


「いやいや、松永が皆中させたからこそ、道が拓けたんだよ」


 聖が励ますように言うが、状況を把握していない穂波にはまるで響かない。


「ちょっと何言ってるか分かんない」

「そこで出てくるのが昨日の件なんだよ」


 説明になってない聖の言葉の後を京平が受ける。


「……転生?」


 恐る恐る切り出した穂波に、京平は真面目な顔で頷いた。


「えー、うそー、えー、なんでー」


 予想していた答えとは言え、改めて聞かされるとやはり困惑する。何より昨日の醜態が現実だったと突き付けられたようで、穂波は頭を抱えて身悶えするしか出来ない。


「あれが神なのー、ほんとにー?」


 一縷の望みをかけ上目遣いに京平を見る穂波だったが、見えたのは残念そうに頷く京平の姿だった。絶望感が増す。


「うー……それで、それのどこが道が拓けてるのよ……」

「高坂を助けられないかと思ってる」

「ユキを?」


 思いもよらぬ京平の言葉に、穂波が目を丸くする。


「ああ」

「どういうこと?」

「この世界では高坂の病気を治す方法はない。でも、もしかしたら違う世界なら、その方法があるかもしれない」


 何を馬鹿なと言いかけた穂波だったが、すぐにその言葉を呑み込んだ。今でも信じたくはないが、昨日ここではないどこかに行った事は間違いない。


「……本気、なの?」


 聞くまでもない、と思うが聞かずにはいられなかった。そして聞きたくない、とも思う。


「ああ」


 真剣そのものの京平の表情に、穂波は小さく笑うが、それはどこか哀し気な色を帯びていた。


「そっか……」

「おう!『聖騎士王(パラディンおう)』に、俺はなる!」


 聖がいつも通りの調子で口を挟んでくる。その能天気さが穂波には羨ましくもあり、そして腹立たしくもあった。

 明るく楽観的な所が聖の魅力なのは間違いない。でも、もう少ししっかりしてくれていたら、もう少し頼れる感じがあってくれていれば、と思わずにいられない。

 そうであれば、京平も早くに諦めをつけてくれてたかもしれない。だが、今の聖には任せきれないと思っているであろう事は簡単に予想が出来た。


「なるほど。その方法が、『ぱらでぃんおう』って訳ね」

「お、おう……」


 同年代の女性から厨二丸出しの言葉を向けられると流石の聖も堪えるらしく、歯切れの悪い返事になる。


「パラディンかー……言わんとしてることは分からないでもないけど……」


 元々ゲームに興味のなかった穂波だったが、この二人と付き合っていれば問答無用で触れ合わざるを得ない。今ではもう、アナログゲームからソシャゲ迄、何でもござれの一端のゲーマーである。


「そもそも、なれるの?」


 根本的な穂波の質問に、聖は力強く答えた。


「なれるかどうかじゃない。なるんだ」


 そうそう、昔っからこういう奴だと、穂波は改めて思う。結局のところ魅力と欠点は表裏一体。しっかりした聖は、それはもう聖では無い気がする。


「そっかー、パラディンねー。でも、どっちかと言うと聖騎士と言うよりかはタンクパラディンよね、聖って」

「やる前からそういう決めつけは良くないと思います」


 身も蓋もない穂波の言葉に、少しムキになる聖。


「京平もパラディンって感じじゃないよね。えっ?まさか、京平も?」

「まさか!俺は他にいい方法がないか探そうと思ってる」


 強い調子で否定してくる京平に、穂波は少しホッとする。京平まで厨二全開だと付いていける気がしない。


「そっか……」

「それで、出来れば穂波にも手伝ってもらいたいんだけど。どうかな?」


 穂波が眉を寄せて考え込む。

 京平にしては遠慮を感じる訊き方だ。昨日の神との一件を気にしてくれているのだろう。確かに、この先あの神と顔を突き合わせ続ける羽目になるかと思うと、多少気が重い。

 だが、ユキの病気を治せるかもしれないのならば、そんな事は些事に過ぎない。

 でも本当にユキが元気になったなら……

 京平の、少し申し訳なさそうな、それでも私が付いていくと信じている、そんな眼差しを見るとどうしても考えざるを得ない。

 その時、私はどうすればいいんだろう、と。


「うん、分かった。やろう」


 自分の中に染み出すように生まれた黒い感情を振り払うように、穂波は笑顔を浮かべた。何も迷う事はない。ユキは私の大事な親友だ。


「そうか、良かった。穂波が手伝ってくれれば百人力だ」


 つられたように京平も笑顔を見せる。それを見た穂波は自分の判断が間違ってないと思う。例えその笑顔の先に居るのが自分ではないとしても。

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