ロード・オブ・ザ・パラディン 15
「どして斬らなかったの?」
そう聞いたレリーだったが、その表情は既に全てを察しているようにも見える。
「……人間、なんですよ?」
答えた聖は、魔術師を視界に入れないよう視線を落としている。
「うん。そだね。それで?」
「それでって……それだけで十分じゃないですか……」
そう答えた聖だったが、その言葉に力はない。
「……その人間が何やったか教えてあげよっか」
聞きたくないと思った聖だったが、そう言う訳にもいかない。ただ黙って頷く。
「手下にしているキメラで焼いた村が二か所。その際に攫われた人が二十人弱。その人達がどうなったか、言わなくても分かるよね」
聖はノロノロと頷き、後ろを振り返った。そこにはレリーに斬られた三体のモンスターの死体が転がっている。そのうちの一つは、人間の死体を繋ぎ合わせて作られたゴーレムだ。
「断言してもいいよ。昨日今日出会った中で一番の悪はこれ」
そう言ったレリーの剣を持つ左手に少し力が入った。剣先が僅かに肉に食い込み、魔術師から苦しげな呻き声が漏れる。
「それでも、ダメ?」
「……はい」
今の自分に人間を斬る覚悟は無い。その事で例えレリーに呆れられようとも、見放されようとも、それは仕方がないだろう。聖が唇を噛む。
「そか……じゃさ、ヒジリの世界ではどうしてるの?」
予想に反して、レリーは穏やかな声のまま尋ねてきた。その事に驚きつつ答える聖。
「……えっと、捕らえるのは警察……衛兵隊みたいな組織です……が担当して、その後、司法の場で……裁判が行われて刑が決まります」
「ふーん。で、これの場合は、どうなるの?」
「それは……」
僅かに視線を魔術師に向ける聖。レリーが言っただけの事をやったのだとしたら、答えは決まっている。
「間違いなく死刑ですね」
「じゃ、斬っていいんじゃないの?」
レリーのもっともな質問に、聖は首を振った。
「それでも……その立場にない人が裁いたらダメなんですよ」
「そか……めんどくさいね」
レリーはそう言いつつ、依頼書を取り出した。
「これの罪はここに書いてある。ギルドを通して請けた依頼だから、裏はギルドが取っている。勿論、ギルドだって完璧じゃないから気を付けなければダメだけど、基本的には信用していい。ただ、今回はこれだからね。まあ、間違いは無い」
冷たい目で魔術師を見下ろす。
「そして、この紙を受け取ったという事は、ヒジリの言うその立場に立ったって事。依頼を実行する権利を得て、同時に履行する義務も負う。そして、ここにはこう書いてある。デッドオアアライブ」
レリーが依頼書の一部分を指し示してくれるが、聖には何かの模様にしか見えない。
「だから、ここで斬っても罪に問われることはないし、寧ろ、そうすべき」
レリーは僅かに剣を動かし、魔術師の首に傷をつける。感情の籠っていない冷たい目で淡々と剣を動かすレリーの姿に、魔術師が初めて恐怖の表情を浮かべた。
「それでも、ダメ?」
「……デッドオアアライブ、なんですよね?じゃあ、生きたまま捕まえてもいいって事じゃないんですか?」
頑なに人を斬る事を拒む聖に、レリーは呆れたようにため息をついた。それでも、その口元には僅かに笑みが浮かんでいる。
「ま、ヒジリはそう言うと思ったよ」
そう言って剣を引いたレリーは、魔術師を蹴り飛ばした。
「でも、こういう手合いは決して改心しない。次の瞬間には命を狙ってくる。それでも、斬らない?」
「はい」
聖がきっぱりと答える。
「そか、分かった。ちょっと、その剣貸して」
レリーはそう言って聖の持つ太郎坊兼光を受け取ると、今まさに新たな魔法を唱えようとしていた魔術師に振り下ろした。
「師匠!」
慌てた聖が声を上げるが、勿論刀は止まらない。
「ぐえっっ……」
袈裟懸けに振り下ろされた刀は魔術師の肩を砕き、そのまま地面に打ち倒した。
「えっ?……峰打ち?」
一瞬何が起きたか判断できなかった聖だったが、魔術師が血の代わりに泡を吹きながら地面で痙攣するのを見て、ようやく何が起きたのかを理解した。
「敵は必ず命を狙ってくる。ヒジリが人を斬れないというのなら、それは尊重するよ。でも、だったら代わりに、斬らずに無力化する方法を覚えなきゃだね。じゃないと、死んじゃうよ」
刀を返しながら、そう諭す。
「この前言った事、忘れないでね。ヒジリが死ねば幼馴染も死ぬんだから」
「……はい」
レリーの真剣な眼差しに、少しドギマギしながら聖は頷いた。
「よし。じゃ、今日は帰ろ。これをギルドに引き渡さないとだし。メデューサは明日にしよ」
「あっ、やっぱりメデューサは行かないとダメなんですね」
すっかりやり切った感を出していた聖だったが、世の中そう甘くはないらしい。
「言ったよね。依頼を履行する義務を負うって。一度請けた以上、これはやらなきゃなの」
「……了解っす」
今日の敵も倒せなかったのにメデューサと戦えるのだろうかと思わなくもないが、レリーが言う以上やるしかない。とにかくやれるところまでやってみようと、決意を新たにする。
気絶した魔術師を引きずって歩き出したレリーの後を追いながら、ヒジリはふと気になったことを訊いてみた。
「ところで、アライブの状態で連れて帰ったら、その後どうなるんですか?」
「基本的にはギルド経由で衛兵隊に引き渡されるよ。で、そっから裁判やら何やらして、最後は首切られて終わり、かな」
レリーは振り返る事もなく答えた。
「あ、一応、裁判もあるんですね……」
「国にもよるけどね。王様の命令一つで首飛ぶ場合もあるし。これはまあ、幸いにも裁判は受けられる」
「……そうですか」
「ただ、アライブだと何かと面倒なの。色々と手続しなきゃだし。だから、思いっきり嫌な顔される。デッドオアアライブが出てる時点で結果は見えてるから」
そう言ったレリーはくるっと振り返ると、聖に笑いかけた。
「アライブで連れ帰るのも立派な権利なんだから、ヒジリは気にしなくていいよ。これはヒジリの覚悟なんだから、堂々としよ」
「はい」
レリーは馬の背に魔術師をがっちりと括り付け、自分もひらりと馬に跨る。
「じゃ、行こっか。明日は総決算のメデューサ戦だから、今日は美味しいものでも食べて英気を養おっか」
「はい」
せめてパラディンらしい何かを掴めたら。そんな思いを胸に、馬に跨った聖が頷く。その様子を満足げに見たレリーが馬を走らせると、聖の馬も後を追うように走り出すのだった。




