ロード・オブ・ザ・パラディン 11
そして夜。二人は国境沿いの廃村へとやって来ていた。
「少し前は隣国と色々揉めてたからね」
戦火に見舞われ住む者の居なくなった村を前にレリーが呟く。
「この辺りは割と激しい戦闘があった地域だから……」
頭を垂れ目を瞑ったレリーが短く祈りを捧げた。
「アンデッドも湧きやすい」
廃墟の奥へと視線を送る。何かを探す様に暫く視線を彷徨わせていたレリーだったが、やがて目的の物を見つけたのか一つ頷き聖へと向き直った。
「それじゃ、頑張って」
荷物から魔法の松明を取り出し、聖に手渡してくる。
「えっ?師匠は?」
「行かないよ」
あっけらかんと答えたレリーは、近くに座るに適した岩を見つけ腰かけた。
「ここだとより実戦的な戦闘が経験できるから」
「いや、それはそうですけど……」
聖は改めて廃村へと目を向ける。崩れ落ちた建物や荒れ放題の植栽など、至る所に遮蔽がある。今までとは違い、それこそ奇襲される危険も十分考えられる。
「レイスとゴーストとワイトがいるんですよね?三対一になったらどうすれば……」
「そうならないように考えながら動くのも修行」
涼しい顔で突き放される。
「まあ、そう言う事なら……」
師匠に言われてしまった以上、やるしか選択肢はない。
「ところで、ゴーストとかワイトって霊体ですよね?」
「そだよ。ヒジリの世界のは霊体じゃないの?」
「いや……」
聖が口ごもる。いつものようにいないと返されると思っていたレリーは、不思議そうな表情で聖を見た。
「……幽霊はいる、という人もたくさんいるんですよね。俺は見た事ないですけど」
「そなんだ。残念だね」
「いや、別に見たいもんでもないですけど……見えますよね?」
霊感は限りなく無い聖である。霊感必須とでも言われたら、それはもう敗北を意味するも同然である。
「勿論。別に不可視じゃないし。そもそもパラディンならアンデッドの存在は感じ取れて然るべきだけど」
そう言って村の奥へと視線を向ける。
「……そうなる為の修行なんですよね?」
「何事も実戦が一番」
言っている事は間違っていないのかもしれないが、物事には限度があるだろうと聖は心の中だけでぼやいた。
「この戦いでアンデッドを感じ取れるようになって帰っておいで」
そんな聖の心中を知ってか知らずか、レリーは無茶な目標を押し付けて来る。
「……まあ、今の俺は乗っちゃってるんで、出来ちゃったりするかもしれませんけど」
マンティコア、ミノタウロス、トロルと、今日はここまでなんやかんやと上手くやれている。もしかしたら、という気持ちがない訳でもない。
「死にそうになったら大声で呼んで。その時は助けに行くし」
そんな聖に冷や水を浴びせるかのように、レリーから縁起でもない言葉がかけられた。
「……やっぱりヤバいんですか?」
僅かに顔を引きつらせながら確認する聖に、レリーは満面の笑みで答えた。
「三対一になったら。だからならないように、ふぁいと」
レリーの気持ちの入っていない応援を受けた聖は、覚悟を決めると松明を掲げ村へと足を踏み入れた。そのままおっかなびっくりといった様子で奥へと進んでいく。
聖を見送ったレリーは、特に心配する様子もなくそのまま村の様子を眺めている。暫くすると、その耳に聖の悲鳴が聞こえてきた。
「うわっ!冷てぇ!……気持ち悪い……だるい……」
どうやら敵の攻撃を受けたらしい。
「……一晩寝たら治るよー」
レリーは慌てることなく、大きな声で聖に話しかけた。返事はないが、それでもレリーは動かない。
そのまま村の様子を窺っていると、やがて断続的に聖の罵声が聞こえてくるようになった。
「あっ、後ろから、きたねぇぞ」
「くそっ、あっ、また壁に……」
「浮くんじゃねぇ、降りてこいよ」
今、相手にしているのはゴーストかレイスのようだ。
「苦戦してるね」
レリーがのんびり呟く。アンデッド達は日中戦った敵のように力押しで何とかなる甘い敵ではない。だが、それを差し引いたとしても少してこずり過ぎな気はする。
「ねぇ、ヒジリ。ちゃんと斬れてる?」
何かに思い当たったレリーが、再び聖に声を掛ける。今度はすぐに返事があった。
「何をです?」
「敵」
「分からないですよ。ゴーストとか斬った事ないですし。だいたい霊体に手応えとかあるんですか!?」
「あるよ。こう、ズバッて感じ」
レリーのイメージは聖に伝わらなかったのだろう。少し返事が遅れた。
「じゃあ……ないですね」
「そか。切れ味がいいから魔法剣かと思ったけど、そうでもないんだ。効かない訳じゃないから、頑張って倍殴ればいいと思う」
「倍?それって、半減してるって事ですか!」
聖が絶望的な叫びを上げる。
「何事も経験」
身も蓋もない言葉で話を打ち切ったレリーは、夜の静けさを楽しもうとするかのようにそっと目を閉じた。たが耳に届くのは、絶え間ない聖の怒声、罵声、悲鳴である。
「頑張ってるねぇ」
相変わらずのんびりした様子のレリーは、聖の声に合わせ鼻歌を歌い出した。更には体を揺らしてリズムを取る。
気分良く一曲歌い終わると、それに合わせたかのように聖の声も止まった。レリーが目を開けると、まさに満身創痍といった姿の聖が村から出てこようとしていた。




