ロード・オブ・ザ・パラディン 8
「ぐっ!」
だが、その爪も魔法の鎧を貫くには至らない。それでも、肺が潰れるかと思うほどの衝撃を受けた聖は、激しく吹き飛ばされてしまった。派手に地面を転がりつつも何とか盾を拾い上げ、起き上がる。そのままマンティコアに向け盾を翳し、その陰で息を整えようとするが上手く呼吸が出来ない。ただ苦しげな息が出るのみだ。
「一撃で殺るなら、聖なる一撃を喰らわせないと」
そんな聖にレリーからアドバイスが飛ぶ。
「そ、それ……どう、やったら……」
辛うじて息を吸えるようになった聖が、途切れ途切れに尋ねる。
「どうって……やーっ、とか、たーっ、て感じで斬る」
「やー、たー、じゃ、無理、だって」
息も絶え絶えにツッコみつつ、身構える。好機と見たマンティコアが容赦なく襲い掛かってきていた。
爪を、牙を、盾で受け止める聖だったが、上手く受け流せている訳ではない。左腕には打撃のダメージが着実に蓄積している。このままでは受けきれなくなるのは時間の問題だった。
だが先程までとは違い、敵は目の前、刀の届く範囲にいる。
「やー」
レリーの言葉に従い、何となく言葉を発しながら斬りかかる聖。
「たー」
刀身はレリーの一撃のような輝きを見せることなく、マンティコアを斬る。当然、致命傷には程遠い威力しかない。
「……駄目、ですね」
「そだね」
あっさり頷いたレリーは少しだけ何か考え、そして再度アドバイスを飛ばす。
「じゃ、気合だ気合」
「……結局、根性論……」
「何か言った?」
「いえ、別に!」
そう言って聖は遮二無二斬りかかる。気合なのか力任せなだけなのか、聖なる光を宿す事のない刀を、とにかくマンティコアに浴びせ続けた。
「うわぁ……」
今や聖とマンティコアはお互い足を止め、ただひたすらに殴り合っている。目の前で繰り広げられる泥試合とでもいうべき光景に、レリーも辟易したのだろう。思わず剣に手を伸ばす。
「……ま、いっか」
割って入って片を付けようとしたレリーだったが、聖が優勢に立ちつつあると見て剣から手を離した。ここまで来たなら、聖に任せてしまってもいいだろう。
その後も暫く殴り合っていた聖だったが、遂にとどめとなる一撃がマンティコアの額を叩き割った。
動きを止め、その場に崩れ落ちたマンティコアを目にした聖は、同じく崩れ落ちるように座り込んだ。
「お疲れ」
レリーが軽く拍手しながら近寄ってくる。
「ヒジリならやれると思ってたよ」
「本当ですか?」
「師匠が弟子を信じるのは当たり前」
感情のこもっていないレリーの答えに、聖は苦笑いを浮かべた。一人で倒しきるとはレリーも思っていなかったに違いない。
「それにしても、ヒジリは変な斬り方の方が上手く力が乗るね」
レリーはそう言いながら聖のバッティングフォームを真似する。
「いっそのこと、盾捨てて両手で振ったら?」
「盾無しでどうやって身を守れと……」
聖にしてみれな切実な問だったのだが、レリーはあっさりといつもの答えを寄越した。
「気合で避ける」
「……いや、きついでしょ」
「ま、ヒジリが師匠のアドバイス聞かないというのなら、それでもいいけど……」
盾を手放そうとしない聖を見たレリーは、意味ありげな表情を浮かべた。
「どうなっても知らないし」
「えっ?何ですか、いったい」
不穏なものを感じた聖が尋ねる。はぐらかされるかと思いきや、レリーは意外とあっさり答えてくれた。
「次戦うミノタウロスってさ、だいたい斧持ってるんだけど。その威力ってマンティコアの比じゃないから。上手く盾使わないと、一発で左腕持っていかれるよ」
「マジか……」
ミノタウロスクラスのメジャーなモンスターになると、聖でも何となく想像がつく。特にマンティコアの攻撃は、今しがた嫌と言うほど体験したのだ。それを超える威力を想像するのは難しくない。
「でもなあ……」
そんな一撃を盾もなく喰らうと考えると、それはそれで恐ろしい。
「アドバイスはしたから。ヒジリの好きな方で頑張れ」
そう言いつつ、レリーが肩に触れる。癒しの波動が全身に広がっていき、打撲の痛みが強制的に和らげられてしまった。
「さ、次行こうか」
勝利の余韻に浸る暇も与えられないらしい。レリーは既に次の依頼書を取り出し、場所を確認している。
「あっ、ちょっと行き過ぎてる。戻らないと」
そう言うと今来た道を戻りだした。
「……」
ボヤく気力もなくした聖は、慌てて立ち上がるとその後を追うのだった。




