ロード・オブ・ザ・パラディン 5
暫くの間、肩を並べて歩く二人。異世界で美少女と二人っきりという、聖にしてみれば願ったり叶ったりのシチュエーションなのだが、緊張のあまり会話を交わす余裕すらない。
「そんなに緊張しなくてもいいのに」
その姿がおかしいのか、呆れたようにレリーが言う。
「いや、でも、いつ敵が襲ってくるか……」
聖が口にした不安を、レリーは一蹴した。
「相手はマンティコアだよ。不意討ちしてくるほど頭もよくないし、何よりデカい。あれに奇襲されるようだと、冒険者の適性はないね」
「まあ、そうかもしれませんけど……」
百戦錬磨のレリーとは違い、聖は素人同然である。分かっていても泰然と構えるのは難しい。
「そんなんじゃ、いざと言う時、役に立たないよ。この前みたいに」
「うっ」
レリーの無邪気な一言が聖の心に深く突き刺さった。
「……その件は忘れてください」
危うく立ち直れなくなるほどのダメージを受けた聖だったが、何とか踏みとどまる。
「そなの?よくある事だから気にしなくていいのに」
レリーは悪戯っぽく笑うと聖の前に立ち塞がり、その顔を見上げた。
「今晩も試してみる?」
それは本能を揺さぶるような蠱惑的な囁き声だったが、聖は少しも悩むことなく首を横に振った。
「いえ、今日はやめときます」
パラディンになれるかどうかはともかく、折角延長した二十日間をこの世界で過ごす為にも今日明日の十連戦を生き延びなければならないのだ。今の自分が一晩遊んで、翌日生き残れるとは到底思えない。
「そっか。よく言った」
珍しく素直に聖を褒めたレリーだったが、その顔は苦虫を噛み潰したかのようで全く笑っていない。
「……師匠?もしかして、怒ってます?」
気圧された聖が恐る恐る訊く。
「怒ってなんかないし」
そう答えたレリーだったが、その頬はむくれているのか僅かに膨らんでいる。
「いや、明らかに機嫌悪くしてますよね?」
「は?ヒジリに断られたからって、どして機嫌悪くしないといけないの?」
そう言ってそっぽを向いた姿は、どこからどう見ても十七歳の少女だ。
「弟子が成長したんだし、師匠は喜ぶべきでしょ?」
「それはそうかもしれませんが……怖いです、師匠」
棘のあるレリーの言葉に、聖が慄く。
「師匠としてヒジリの成長は嬉しい……」
聖に背を向けたまま、そう呟いたレリーの表情はやはり喜んでいるようには見えない。
「でも、ヒジリに断られるとか、ありえなくない?」
爪先で地面を蹴りながら嘆く。
「サキュバスとして、この上ない屈辱なの!分かる?」
どう答えても悪い結末を迎えそうな気がした聖は、ただ黙っている事にした。レリーはレリーで聖の答えを期待していないのか、一人で話し続けている。
「ヒジリだけじゃない……この前はキョーヘーにも断られたし。何?異世界人て不能なの?」
「そんな事は無いですけど……京平はともかく、俺の場合は単に今晩という状況が良くないだけで」
ヒジリが言い訳がましく言うが、当然レリーは納得しない。
「なるほど。夜は休みたいって事か。分かった。じゃあ、今からしよう」
ツツッと聖に近寄ってきたレリーは、その胸元に頭を預けた。
「ねっ?」
「っ!」
その破壊力に危うく陥落しかけた聖だったが、ギリギリのところで踏みとどまる。
「いや、それは色々マズいでしょ。時間も、場所も!」
「どして?」
ここが勝負所とばかりに瞳を潤ませ上目遣いに聖を見上げるレリー。聖は必死の思いでレリーから視線を逸らすと、その肩を掴んで何とか自分から引き離そうとする。
「今にもマンティコアが襲って来るかもしれないところでやるとかやらないとか、普通じゃないですって!」
その言葉に一瞬ムッとした表情を見せたレリーだったが、何かに気付いたのか無言で聖を突き飛ばした。




