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あやしい神ほどよく喋る 9

「すげ、バブリー」


 思わず聖が口に出す程、穂波の姿はバッチリ決まっていた。わざわざロングヘアのウィッグまで被っている。

 そんな聖を睨みつけた穂波だったが、その表情は今にも泣きだしそうだ。


「どうした?」


 京平が心配そうに声を掛けると、穂波はそんな京平に縋りついた。その瞳には溢れんばかりの涙が溜まっている。京平はその表情に思わずドキッとしてしまう。


「京平、京平。私、どうしよう。向こうで寝ちゃった……」

「えっ?寝たって、それが何か……」


 どこまでも察しが悪いのが聖だ。京平はそんな聖に呆れたようなため息をつくと、縋りついてきた穂波から身を離しつつ腕時計を見せてやる。

 明日が穂波にとって大事な日である事にはすぐに思い当たっていた。


「あー、それな」


 時計の日付は変わっていないし、時間も一時間程しか経っていない。


「えっ?」


 状況が把握出来ず、半泣きの顔のまま京平を見つめる。その視線に照れた事を誤魔化す様に神の方に視線を向けた。


「……説明したか?」

「先ほども言いましたけど、『おねリン』については一通り説明させてもらってますって。その、理解してもらえたかどうかは別ですが……」


 いつになく冷たい京平の声に、流石の神も軽口を叩くのを躊躇う。


「こっちと異世界じゃ、時間の流れが違うんだよ。お前は向こうで一日過ごしたかもしれんが、こっちじゃ一時間しか経ってない。だから、大丈夫」


 京平にそう宥めるように言われた穂波は、徐々に事態を把握し始めた。


「えっ、じゃあ……明日?」

「そう、明日」


 念を押すように京平に確認した穂波は、その答えにようやくホッとした表情を見せた。


「良かった……」


 安心すると次にもたげてくるのは神への怒りだ。目尻の涙を拭うと、神を睨みつける。


「正座」


 さっきとは比較にならない程怒りのこもった声だ。


「はい……」


 その迫力に押され、素直に正座する神。穂波はそのまま聖にも目を向ける。

 思わず後ずさる聖。ここに至っても穂波の大事な用事を思い出せていない。助けを求めるように京平を見るが、憐みの目を返されて終わってしまう。


「正座、しよっか」

「はい……」


 聖も大人しく従う。そして穂波の正座砲は京平にも向けられた。分かってるよね、と言わんばかりにウルウルした瞳で京平を見上げる。


「……鏑流馬神事だろ。初めての」

「そう、そうよ。流石、京平」


 ようやく笑顔を取り戻す。京平は照れくさそうに穂波の視線を外した。


「明日、初めて鏑流馬神事に出させてもらえるの。聖は忘れてたみたいだけど」


 最後は少し拗ねた感じを出す。


「すまん」


 聖はばつが悪そうに頭を下げた。幼馴染から何度も聞かされていた話をすっかり忘れていたのだ。頭を下げるより他はない。


「明日は忘れずに見に来てよね」


 念を押され、頷く二人。子供の頃からこの神事に憧れていた穂波の晴れ舞台だ。ここまで言われて見逃す訳にはいかない。


「えっ?神事って……穂波さん、神社の関係者か何かですか?」


 神が慌てた様子で訊く。


「この近くの神社の宮司さんの娘だけど、それがどうかしたか?」


 聖の答えに、引きつった笑みを浮かべた神は、穂波に問いかける。


「えーと、参考までにお聞きしますが、御祭神はどなたで?」

「ん?スサノオ様だけど」


 機嫌が直った穂波は軽く答える。だが、その答えを聞いた神の姿勢は、正座から土下座へと進化した。


「いろいろサーセンでしたー」


 突然の神の謝罪にあたふたする穂波。


「え?何?いきなりどうしたの?」


 京平はいいことを聞いたとばかりに、ニヤニヤしながら穂波にアドバイスする。


「家帰ったらスサノオ様に今日の事を報告してみ。多分、こいつ十一月に出雲で詰められるから」

「すいません、ごめんなさい、それだけはマジで勘弁して下さい」


 地にめり込まん勢いで頭を床にこすりつけている。


「……ふふん。なるほどね。そっかそっか。分かった分かった。とりあえず、今日の事は私の胸の内にしまっておいてあげる」

「アザーッス」


 含みのある穂波の言い方だったが、神は全身で感謝の意を表している。


「じゃ、明日があるから、今日は帰るね」


 そう言って立ち上がろうとする穂波に、京平が呆れたように声を掛けた。


「その格好でか?」


 その言葉に穂波は自分がどんな格好をしているか思い出した。寝過ごしたと思ったショックで忘れていたが、服装は昨日異世界で着替えたままだ。顔が一瞬で真っ赤になる。


「見ないで!」


 京平を突き飛ばすと慌てて奥の部屋に走って行った。


「何でもいいから服貸して」

「えっ?何で俺が……」


 予想外の要求に困惑する京平。


「いいじゃん、別に。それとも何?この格好で帰れって?それ、ひどくない?」


 穂波は怒り半分拗ね半分といった感じで再度要求してくる。


「貸してやったらいいじゃん」


 さらには聖からも援護射撃が飛んできた。京平はやれやれといった感じで頭をかいた。


「……上から二段目の引き出しにジャージ入ってる。他の所は開けるなよ」

「ありがとー」


 嬉しそうな穂波の声が返って来る。


「フフ。やっぱ、大きいねー。結構、ぶかぶかー」


 楽し気に独り言を言いながら着替えている。


「いいから、さっさと着替えろよ」

「えー、いーじゃん別にー」


 京平に急かされ不満げな声を上げた穂波だったが、暫くするとジャージに着替えた穂波が戻ってきた。


「どう、似合ってる?」


 クルっと一回りしてみせる。


「似合ってるも何もジャージだろ。ジャージ似合ってるって言われて嬉しいか?」


 呆れたように言う京平に、穂波は少しむくれて呟いた。


「もう。そういう事じゃないんだけど……」


 それでもすぐに気を取り直す。


「じゃ、帰るね。ジャージ、ありがと」

「おー、明日頑張れよ」


 京平の言葉に小さく頷いた穂波が帰っていく。それを見送った神は、やれやれとばかりに立ち上がろうとして京平に止められた。

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