ロード・オブ・ザ・パラディン 2
「……経験?」
曖昧さが残るその答えに、レリーの目が僅かにスッと細められる。その変化にすぐに気付いた聖は慌てて言葉を付け足した。
「その、戦いの経験、です」
これから冒険と言う名の修行の旅に出るのだから、問われているのはその部分だろう。
マンティコア、アウルベア、クプヌヌと戦ってきたが、その殆どの時間は防戦に占められていた。転生して来て一日の経験としては十分と言えるかもしれないが、冒険者としては全く足りていないだろう。
「そだね、正解。君には実戦経験が致命的に足りない」
レリーが満足そうな表情を浮かべたのを見て、聖はホッと胸を撫でおろす。
「でも、それは経験さえ積めば強くなれるって言う事」
「そんなもんですか?」
如何な楽天的な聖とは言え、その部分には自信が持てないでいた。レリー達がいなければ、とっくに現世に送り還されていた事だろう。難しい表情を浮かべて、レリーに問いかける。
「それはヒジリを弟子にした私の事を信用出来ないって事かな」
「そんな事ないです!」
レリーの右手が再び剣にかかるのを見た聖が慌てて否定する。その姿がおかしかったのか、レリーは小さく吹き出した。
「私が弟子にしてもいいと思ったんだから。少しは自信を持っていいよ」
マンティコアとの戦いでは己の身を守るしか出来なかった聖が、次の戦いではマリエラの的確な指示があったとはいえアウルベアを倒している。そして、クプヌヌとの戦いに至ってはシスター達を守り切る事に成功したのだ。並の人間に出来る芸当ではない。
「……そうですね」
聖の表情は難しいままだったが、それでも自分を納得させるように頷いている。
「だから、今回はヒジリが経験を積めるような依頼を選んできた」
そう言ったレリーが、例の丸めた紙の束を取り出した。
「まずはマンティコアとの再戦」
一枚目に目を通したレリーが軽い調子でとんでもないことを言い出す。それを聞いた聖の顔色が変わるが、レリーは気付かないのか次々と依頼の内容を読み上げていく。
「で、次は近くにいるはずのミノタウロス。その次はトロルね」
「いやいや、ちょっと待ってください!」
聖が抗議の声を上げるが、聞く耳を持たないレリーは紙を捲り続ける。
「で、これは古戦場に出るアンデッド系。ゴースト、ワイト、レイスが出るって。一体ずつ相手出来ればいいけど、最悪三対一だね」
それは最早死ねと言っているのではと思う聖だったが、レリーはまだ止まらない。
「次は頭のおかしい魔術師の所へ行く。手下にヘルハウンド、フレッシュゴーレム、キマイラ、と。こういう手合いはだいたい一体ずつで襲ってくるから……やったね」
「……ホントですか?」
タイマンですら勝てる可能性は低いというのに、三対一となったらそれはもう絶望的である。
「モンスター同士に協力させるのも難しいから。もしかしたら、魔法で何とかしてる可能性もあるけど」
「……あるんですね」
「滅多にないから、だいじょぶ……きっと」
その滅多を引いてしまいそうな自分に、聖の背筋が寒くなる。だが、恐怖は終わった訳ではなかった。
「そして、最後の仕上げはメデューサ」
笑顔で締めくくったレリーと、最後の最後でとんでもないものが出てきたと頭を抱える聖。
「……念の為に確認しますけど、メデューサって石化させてくる奴ですか?」
「メデューサだから当然。もしかして、ヒジリの世界のメデューサって石化させないの?」
「……石化させるさせないじゃなくて、そもそもいないんですよ」
「そなんだ。ラッキーだね」
メデューサが存在しない事をラッキーと思ったことなど一度もない聖だったが、今問題なのはそこではない。
「石化ってどうやって避けるんですか?」
「……気合?」
小首を傾げて答える姿はかわいいが、言っている事は滅茶苦茶である。
「……マジかよ……」
聖が呆然と呟くが、レリーはあっけらかんとしたものだ。
「まあ、それは冗談だけど」
あっさり前言をひっくり返す。
「ホントは守護の力で弾く」
そう言ってヌヌネネーを防いだ時のように右手を突き出して見せる。
「……守護の力を張れない場合は?」
聖のもっともな質問に、レリーは少し悩み、そして答えた。
「気合」
「……マジかよ……」
思わず天を仰いだ聖だったが、当てがないわけではない。自分達の世界のペルセウスの如く、鏡のような盾を使って戦うのだ。もっとも本物のメデューサ相手に有効な手段かどうかは分からないし、そもそも敵を盾に映しながら戦うなどと言う芸当が自分に出来るとも思えない。




