ゲーム・オブ・ストーンズ 1
「おはよう」
「おっす。昨日は手間かけて悪かったな」
翌朝。いつも通りやってきた穂波を、京平が労う。
「ううん、別にいいって。ま、結果は残念だったけどさ」
「……だな」
苦笑いを浮かべ合う。万が一の可能性に期待しなかったわけではないが、人生そうそう上手くいくものではないという事だろう。
「で、今日はどうする?聖、まだ還って来てないんでしょ?」
滞在時間を二十日延長した聖は、何事もなければ午後まで還ってこないはずだ。
「まあ、見かけないから多分還って来てないと思うんだが……」
「多分?神に聞けば分かるんじゃないの?」
そう言って辺りを見回した穂波だったが、リビングにはいつものお社と京平しか見当たらない。
「神は?」
そう尋ねられた京平は、興味なさげに答える。
「さあ?起きたら居なかった」
「……好き勝手生きてるわね……」
呆れたように言った穂波に、京平は肩を竦めて同意して見せた。
「今更言ってどうこうなるとも思えないしな」
そう言いつつ穂波をキッチンへ通す。お社にリビングを占領されて以降、寛ぎたければキッチンのダイニングテーブルを囲むしかなくなっていた。
「……どうかしたか?」
向かいに座った穂波がジッと見つめてくる事に気付いた京平は、少し居心地の悪さを感じて訊いた。
「ううん。別に何でもないよ」
穂波はそう言いつつも、両手で頬杖をつき京平を見つめ続ける。
「そうか?ならいいんだけど……」
そうは言った京平だったが、気恥ずかしさは隠しきれずそっぽを向いてしまう。だが、穂波の視線が外れる気配はない。
「……何か飲むか?」
「ううん、大丈夫」
どうにかこの状況を打破しようとする京平だったが、解決の糸口は見えない。思わず心の中で神の帰宅を願うが、そう都合よく帰ってくる訳もない。
暫くの間、謎の沈黙が辺りを支配する。
それでも京平を見つめ続けていた穂波だったが、やがて大きなため息をついた。そして心の中で旧友達に謝る。
(ごめん、セイ、ナナ。やっぱり気付いてもらえないわ)
肩を落とし、背もたれに身を投げ出す。普段とは違い、少々気合を入れてメイクをしてみたのだが、気付かれた様子はない。予想はしていたが、いざとなるとやはりショックを受ける。
特に今回は前日に旧友からレッスンを受け、更に出かける前には出来栄えを動画で確認してもらう念の入れようだっただけに、ダメージも一入だ。
「えっ?何?」
突然の穂波の落胆ぶりに京平が焦りを見せる。
〈まあ、でも、丹羽だろ?気付かないんじゃね?〉
〈分かるー〉
昨日、メイクをしてくれた二人が笑いながら言い放った言葉が蘇る。その後も二人は絶対に気付かない前提で京平の行動を予想していたのだが、その見事な的中っぷりに穂波は思わず吹き出してしまった。
「だから、何だよ?」
「何でもない、何でもない」
更に慌てる京平に対し、穂波は小さく笑い続けながら答えた。
まあ、京平だし仕方ないか、と切り替える。そもそもこれに気付くようだったら、今までだって苦労はしていない。
「まあ、何でもないならいいけどさ」
それでも腑に落ちない様子の京平に、穂波はヒラヒラと顔の前で手を振った。今はまだ、これでいい。
「で、ホントに今日はこれからどうする?私達だけでも行く?」
穂波が改めて尋ねた瞬間、玄関の鍵が開く音が聞こえた。
「えっ?」
驚いて音の方へと振り返った穂波だったが、壁に阻まれて玄関は見えない。慌てて京平に目を向けるが、さっきまでとは違い焦った様子はない。
そうこうしている間に扉が開き、閉まる。そして施錠の音を響かせたかと思うと、誰かがゆっくりと廊下を近付いてくる足音が聞こえて来た。
思わず身構える穂波だったが、次の瞬間顔を覗かせたのは緩み切った格好の神だった。
「へっ?」
「おはようございます、穂波さん。今日はまた、お早いお着きで」
思わず間抜けな声を上げてしまった穂波に、間抜けな調子で挨拶する神。
「別にいつも通りだろうが。そっちこそ、朝からどこ行ってたんだよ」
京平の言葉にいつも通り悪びれた様子もなく神が答える。
「いえ、別に大したことではありません。近くの喫茶店が美味しいモーニングを出すらしいので、ちょっと視察に」
「……視察って、飯食いに行っただけだろうが」
「何を仰います。わたくし、何度も言うように出雲ではシェフ転生の神として名を馳せているのですよ。日々研鑽しているに決まっているじゃないですか!」
そう言って胸を張る神に対し、京平はいつも通りため息をついた。だが、その背後で穂波が肩を震わせている事には、二人とも気が付いていない。




