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限りなく水に近いポーション 6

 そう言えば、メアリーは彼女達の存在が完全に消し去られていたと言っていた。その影響を異世界の自分達も受けたとしたら。異世界であるが故にその影響が少なかったのだとしたら。


「どうしたの?」


 何か考え込んでしまった穂波の顔を、結希子が心配そうに覗き込む。


「ん?何でもない、何でもない。不思議な事もあるもんだなぁって」


 もしかしたら、あの映画を撮った監督が自分達の世界に来て、自分達があの映画を見た事にすら意味があるのかもしれない。そして自分がヴィルに出会った事も。


「……何が『あなたの充実した異世界転生を応援します』よ。絶対何かあるじゃない……」


 隠し事はお互い様なだけに非難する気はない。それでも、あの神の掌の上で踊らされているのかと思うと、それはそれで腹立たしい。


「とは言え踊るしかないのよね……」


 今のところユキを助けられる可能性があるとすれば、それは『おねリン』にしかない。だから、ユキが助かるならば幾らでも踊ってやろう。その覚悟はもう出来ていた。例え『おねリン』が単なる転生体験でないとしても、それはそれで構わない。


「ナミちゃん?ナミちゃん?」


 再び厳しい顔で考え込んでしまった穂波の目の前で、結希子が手を振っている。


「ああ、ごめんごめん」


 心中を悟られまいと誤魔化し笑いを浮かべた穂波。同時にここへ来た一番の目的を思い出し、三本の小瓶を取り出した。


「そうそう、後これも。京平のお土産」


 普段とは少しばかり違う穂波の様子に首を傾げていた結希子だったが、素直に小瓶を受け取る。


「キョー君が?」


 そう言いつつ、小瓶を宙に翳して見る結希子。その様子をそっと窺った穂波だったが、結希子の表情からは興味以上の感情は読み取れなかった。


「霊験あらたかなお水らしいよ。せっかくだからユキにって」

「そうなの?」


 結希子はそう言うや否や、一本目の小瓶の蓋を開け中身を飲み干した。


「!?」


 その迷いのない動作に穂波を声も出せず、ただ目を丸くする。


「……うんうん。確かにお水、だね」


 そう言いながら二本目の蓋を開ける。


「ちょっと、ユキ!大丈夫?」


 何とか穂波が声を絞り出した時には、結希子は既に二本目を飲み干していた。


「これは……ちょっとしょっぱいかな?」


 空けたばかりの小瓶を確認している。


「どうしたの?そんなに慌てて。キョー君のお土産なんでしょ?」

「あっ、うん、それはそうなんだけど。いや、そんなに一気に飲んで大丈夫かなって?」


 飲んでもらうのが目的だったとはいえ、予想以上の結希子の思い切りの良さに動揺を隠せない穂波。滅多な事はないだろうと思ってはいたが、こうも一気にいかれると心臓に悪い。


「大丈夫よ。少しくらいなら自由に食べていいって言われてるもの」


 幸いにも動揺の理由を取り違えてくれたのか、見当違いの答えを返す結希子。その手は既に三本目の蓋にかけられていた。


「……これは、今度にした方がいいのかな?」


 穂波の慌てようを見た結希子が訊いてくる。流石にそのまま三本目に行くのは躊躇したらしい。


「ううん、ここまで来たらもう飲んじゃったら?」


 二本いかれたなら三本いかれても一緒だ。見た感じ体調に変化があるようにも思えない。おそらく三本が三本とも水だろう。なら、さっさと済ませてしまうに限る。


「そう?じゃ、遠慮なく」

「どう?何か、こう、元気になった!とかある?」


 三本目を飲み干した結希子に、一応確認してみる穂波。


「まさか。どれだけ霊験あらたかならすぐに元気になれるのよ」

「だよね」


 マジックアイテムならばすぐに効果を表すはず。やはり現世にマジックアイテムを持ち込んだところで、満足に効果を発揮する事はできないらしい。


「じゃあ、クレープもいただいちゃおうかな」

「うん、食べて食べて」


 結希子の笑顔に緊張も解けたのか穂波の頬が緩む。


「っ!美味しい!」

「でしょ?まだまだ店長の味には敵わないんだけどね。それでもイケるでしょ?」

「うん」


 たちまち自分の分を平らげた結希子は、なおも山のように残る穂波のお見舞いの品に目を向ける。


「私がもう少し食べるとしても……絶対余るものね」


 少し考えた結希子は、スマホを手にすると誰かにメッセージを送った。


「どうしたの?」


 再度クレープを切り分けていた穂波が尋ねるが、結希子は笑って誤魔化す。


「フフ、まだ秘密」

「えーっ、何よー」


 笑って受け流していた結希子のスマホに返信が来る。その内容を見た結希子は顔を輝かせた。


「セイちゃんとナナちゃんも来てくれるって。せっかくナミちゃんがたくさんお見舞い持ってきてくれたんだもの。女子会しようと思って」

「いいねー、それ」


 穂波もすぐさま同意する。


「でしょう?そうだ!持ってきてくれたCDかけない?テンション上がるでしょ?」

「うん、かけようかけよう」


 穂波が早速CDをセットし、再生ボタンを押す。

 その途端、静かな病棟に不似合いな激しいロックサウンドが大音量で響き渡った。


「ちょっと!高坂さん!松永さん!何やってるの!」


 ナースステーションからお叱りの声が飛んでくる。


「ごめんなさーい」


 慌ててボリュームを下げた穂波は結希子と顔を見合わせ、お互い笑い合った。

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