限りなく水に近いポーション 5
「よろしい」
屈託の無い笑顔を浮かべた結希子は、山のような穂波のお見舞いに目を向ける。
「じゃあ、せっかくだからクレープにしようかな。商店街のジャンヌ・ダルクお手製のクレープ、まだ食べた事ないもの」
「うう……ユキに面と向かってそう言われると何か恥ずい……」
身を捩りながらもクレープを持ってくる穂波の様子を、結希子は楽し気に見つめている。
「こっちはいちごメインのベリーミックスで、こっちはマンゴーメインのフルーツミックス。どっちにする?」
そう言って穂波が差し出した二つのクレープを前に、結希子は小首を傾げた。
「どっちも美味しそうね。どうしようかな」
「じゃ、両方少しずつにしたら?どっちも好きでしょ?」
「うん。そうする」
「おっけー。ナイフあったよね?」
勝手知ったる結希子の病室である。穂波は返事も待たずサイドテーブルの方へと歩いて行く。そこに真新しい花が飾られている事に気付いた。
「あれ?誰か来てたんだ?」
「うん。昨日、セイちゃんとナナちゃんが来てくれたんだよ」
結希子が中学の同級生の名前を挙げる。
「ああ、こっち帰ってきてるもんね。お祭りにも来てくれてたし」
穂波は引き出しからナイフとミニまな板を取り出しながら相槌を打つ。
「あの二人、また綺麗になってたでしょ。ビックリするよね」
「本当に。お盆とお正月しか会えないもの、綺麗にもなるわよね。それこそ女子だって三日会わなかったら刮目せよだわ」
「……今度メイク教えてもらおうかな」
「フフ」
穂波の言葉に結希子が小さく笑う。
「えっ?何?」
穂波の質問には答えず、結希子はスマホを取り出し画面に指を走らせた。
「どうかしら?」
そして画面を穂波の方へ向ける。
「えっ、ユキっ!?」
そこには二人の同級生と共に笑っている結希子の姿が写っていた。化粧っけのない普段の姿と違い、ばっちりメイクアップされている。
「きれい……」
思わず言葉を失う穂波。結希子の美しさは認識しているつもりだったが、メイクの施された姿は想像以上だった。
「二人のメイクのおかげよ。これだと病人に見えないでしょ?」
そう言って笑った結希子は、画面を食い入るように見つめる穂波に手を見せる。
「ほら、爪もこんなに綺麗にしてくれたのよ」
その両手の指にはカラフルなネイルアートが施されていた。
「うわっ、マジで女子力たけぇ……」
「爪はね、暫くこのままにしてても大丈夫って言ってもらったから」
嬉しそうに色豊かな爪を見ながら呟く結希子。
「良かったじゃん。めっちゃ似合ってるし」
「ありがとう」
「ネイルはなぁ……流石に家庭の都合で難しいしなぁ……」
そうぼやいた穂波は、切り分けたクレープを結希子に差し出す。そうして自分は付添い用の椅子に座った。
「そうね。でも、私は流鏑馬装束が似合う女の子の方が素敵だと思うけど」
「えっ?見たの?」
「勿論。二人が一緒に撮った写真を見せてもらったわよ」
「……まあ、そりゃそうか」
セイとナナに限らず、神事当日見に来てくれた知り合いの殆どがテンション高く自分と写真を撮っていったのだ。結希子の目に触れるのも当然だろう。
「ヤブサメマジパネェ、ってさ」
「何それ」
多分どちらかの真似をしたであろう結希子の言葉に、思わず穂波が吹き出す。
「写真を撮るのも難しいスピードで走る馬乗れるのも信じられないし、そこで弓撃てるとか意味分かんないて」
「まあ、その為にずっとやって来た訳だしね」
「流鏑馬中の写真上手く撮れなかったって悔しがってたわよ。来年リベンジするんだって」
「来年も来てくれるんだ。嬉しいな」
そう言いながら今度は穂波がスマホを取り出す。
「京平と聖が撮ってくれた写真があるんだけど……」
そのホーム画面を目にした結希子が小さく驚きの声を上げた。
「えっ?」
「うん?何?」
穂波が結希子の様子を窺うが、その視線はディスプレイのヴィルに注がれていた。
「その写真、どうしたの?」
「えっ?ああ、これはね……」
一瞬答えに詰まる穂波。まさか異世界で撮ったと答える訳にもいかない。
「アメリカに行った時にね、撮ってもらったの」
当たり障りのない答えにとどめる。
「そうなんだ!その人ってあの人でしょう?」
結希子は眉をキュッと寄せ記憶を探り、そしてすぐに答えに行き当たった。
「女王!吸血鬼の!ナミちゃんが好きだった人!」
「……その言い方は語弊がある気がするけど。正解」
その言い草に穂波が苦笑いを浮かべる。
「本当に?凄いじゃない、女優さんでしょう?よく会えたね」
「うん、ホント凄い偶然でね……て言うか、ユキも見てたんだっけ、この映画」
「……ええ。見てたじゃない、と言うほどはっきり覚えている訳じゃないけど」
少し自信なさげに答える結希子。
「ナミちゃんと、他にも誰か一緒に見てた気はするんだけど……」
「その辺、私もあんまり覚えてないんだよね。正直、ユキと一緒に見てたイメージなかったもん」
「まあ、ひどい!……って、冗談よ。私もその写真見るまですっかり忘れていたし」
「忘れていた、かぁ……」




