限りなく水に近いポーション 1
「……スーパードクター……」
穂波の話を聞き終えた京平が、ポツリと呟く。
「そこ?今の話聞いて最初の感想そこなの?」
呆れる穂波に京平は悪いとばかりに軽く笑って見せた。
「いや、まさか先を越されるとは思わなかったからさ」
「……会っただけだけどね」
彼の世界でも治療法は確立しておらず、ユキの治療はかなわなかった。
「まあ、他にもスーパードクターがいる世界はあるかもだしな。何より、聖がパラディンになって還ってくるかもしれない」
「そうね」
穂波の返事はあまり期待している雰囲気ではない。
「どうなの?実際なれそうなもんなの?」
穂波の素朴な質問に、京平は首を捻った。
「いや、正直なところさっぱり分からん。聖が還ってきた時に手応え聞くしかないんじゃないかな」
「そっか……そだね」
何にせよ、ファンタジー世界を引き当てたというのは一歩前進だろう。
「そっちの『ティア・ドロップ』だっけ?それはそれで不思議な話だよな」
「どういうこと?」
「だって、それって異世界で撮られた映画だろ?じゃあ、穂波が見た映画は何なのかって話じゃん」
「ああ……」
言われてみれば確かにそうだ。少なくとも幼少期に異世界へ行った記憶は穂波にはない。
「ほら」
差し出された京平のスマホの画面には『ティア・ドロップ』の検索結果が表示されているが、映画の情報はない。
「えー、じゃあ、何なのよー」
ヴィルと共に見た映画は、間違いなく子供の頃に見た映画だった。だとすると、本当に異世界の映画を見たという事なのだろうか。
「うーん……あっ!」
暫く頭を悩ませていた穂波だったが、ある事に気付き声を上げた。
「監督!」
「ん?」
「父さんが『ティア・ドロップ』撮った監督と知り合ってた。だから子供会に似つかわしくない怪奇映画なんか上映したのよ」
「そっかー。じゃあ、古い映画だからネットで情報見つからないだけか」
納得したように頷いた京平だったが、穂波は頭を振ってその言葉を否定した。
「違う違う。そうじゃなくて。その監督が異世界人だとしたら?」
「あっ!」
今度は京平が声を上げる番だった。
「私が見てきた限り、限りなく私達の世界に近い世界だったもん。その世界から持ち込まれたフイルムなら、普通に上映できたとしてもおかしくないんじゃない?」
「確かに。いや、でも、何の為に?」
「そんなの私に分かる訳ないじゃん」
穂波が肩を竦める。
「私達だって、幼馴染を助ける為に『ぱらでぃんおう』になる方法を探してる訳よ。でもこれって、相当意味不明な事言ってると思わない?」
「それもそうか。ただ、言ってるのは聖だけだけどな」
「監督にもきっと何かあったんだろうけど、今更知る由も……父さんなら何か知ってるかな」
そう言った穂波は、即座に電話をかけ始める。
「あっ、父さん?ちょっと聞きたいことがあるんだけど、今大丈夫?」
暫く電話口の向こうの父親と話し込んでいた穂波だったが、やがて電話を切ると首を横に振った。
「詳しい事情は父さんも聞いてないみたい。ただ、私が書いたファンレターを受け取った時は物凄く嬉しそうにしてたって。それだけは覚えてるってさ」
「そうか……まあ、今更当時の事を知ってもな」
「そうね」
そう答えた穂波だったが、京平にはその声がどことなく弾んでるように感じられた。
「どうかしたか?」
「ううん。ただ、ちょっと昔の自分を褒めてあげたいだけ」
子供の頃の自分もヴィルの役に立てていたのだとしたら、それはそれで嬉しい話だ。
「そうか」
京平もそれ以上は訊かなかった。『おねリン』には半ば無理矢理巻き込んだようなものだけに、穂波にとっていい事があったのならば本当に良かったと思う。




