要塞研究所 10
そして一週間が経ち、穂波が還る日を迎えた。穂波はアメリカ(風)の世界を存分に楽しみ、ヴィルと共に死者の街へと帰ってきていた。
「思いっきりアメリカだったなー」
見送りの三人を前に思わず呟く。油断すると異世界に来ている事を忘れる、そんな一週間だった。
「だってアメリカだもの」
このやり取りも何度繰り返したかわからない。それでも、その度に楽しげに応えていたヴィルだった。
「……じゃあ、そろそろ還るね」
「ええ……」
名残惜しいが還らない訳にもいかない。どんなに楽しくとも、ここは自分の住む世界ではない。
「キミにはもっと色々話を聞かせてもらいたかったのだがね。だがまあ、それなりに有意義ではあった。感謝するよ」
「こんなにも楽しそうなお嬢を見たのはいつ以来か分かんねぇが……これも嬢ちゃんのおかげだ。ありがとよ」
口々に礼を言う二人に、穂波は照れたような笑顔を見せる。
「ううん。こっちこそ」
そして改めてヴィルに向き直る。
「穂波……本当にありがとう。貴方がいなければ、私は……」
「何言ってるのよ姉さん。だって私、あなたの妹よ。それくらい当然じゃない?」
「……そうだったわね」
笑いかけてくる穂波につられ、ヴィルの表情も緩む。
「もし私に出来ることがあったら、何でも言ってね。その時は力になるわ」
「うん、ありがと」
万感の思いを込めてヴィルに抱き着いた穂波だったが、すぐに離れると三人に背を向けた。
「じゃ、行くね」
そう言って還ろうとした穂波だったが、ふとあることに気付き振り返る。
「ねえ、写真撮ろう?」
転生の神は『何も足さない、何も引かない』と言っていた。だから、自分のスマホで撮った写真なら持って還れるんじゃないかと思い、ヴィルとの写真は撮っていた。
だが、全員での写真は撮っていない。
「それは構わないけど……」
急な提案に困惑するヴィルをよそに、穂波はスマホを取り出すと早速準備に取り掛かる。
「ほら、集まって」
自撮りをする時のようにスマホを構えた穂波が三人を呼び集める。
「ボリス、貴方入ってないわよ」
穂波にくっつくように並んだヴィルが、遠慮がちに立つボリスに声をかけた。
「別に俺はいいだろ……」
「ダメ、みんなで撮りたいの」
「ほら、穂波がこう言ってるんだから、早くなさい」
二人からの言葉に、渋々と言った感じで寄ってくるボリス。
「何もそんな無理な体勢で撮らなくとも……言ってくれれば、シャッターくらい誰かに押させがね」
「いいの、こうやって撮りたいんだから。早くメアリーも入って」
「……そういうものかね。ワタシにはよく分からないが」
ぼやきつつも輪の中に入るメアリー。
「ふむ。なるほど、そういう事か。せっかくだから、ワタシもこの様子を撮るとしようかね」
スマホの画面を見たメアリーが納得したように頷く。
「ドローンを呼ぶから少しこのままでいてもらえるかね」
「何枚か撮るから大丈夫」
そして一枚目のシャッターを切る。
「……みんな笑ってよ」
三人の硬い表情に呆れる穂波。
「メアリーはともかく、姉さん達は映画スターでしょ?」
そう言いつつシャッターを切っては、細かく三人に注文を付ける。
そうこうしている間にメアリーのドローンも撮影に加わり、記念撮影の時間は過ぎていった。
「うん、いい写真」
ようやく会心の一枚が撮れた穂波は、暫くその画面を見つめていた。仮に現世に還った時にこの写真が消えたとしても、自分の心の中にはずっと残るだろう。
「じゃ、今度こそ、行くね」
スマホを大事にしまった穂波は、最後にもう一度三人を見渡す。
「みんな、元気でね」
「ええ……またいつか、会いましょう」
ヴィルが笑顔で手を振る。ボリスも、メアリーも、それぞれ手を上げて穂波を見送っている。
「うん。また、いつか」
もしかしたらガチャですぐ引く羽目になるかもしれないし、ずっと引けないかもしれない。だがもし、もし目的を果たせたその時に、まだ余裕があれば、ここへ来て顛末を話すのもいいに違いない。
そんな思いを胸に三人に手を振り返し、穂波は現世に帰還した。
一瞬の嫌な感覚の後、気が付けばそこは京平の家だ。
薄暗い部屋に神の姿はない。
その事を少し気にしながらも、急いでスマホを取り出しフォルダを確認する。
「あった……」
写真は一枚も欠けることなく保存されていた。ホッとした穂波はスマホを抱きかかえるようにしてその場に座り込んだ。
「……ありがとう、姉さん。私、頑張るから……」
決意も新たに呟いた穂波は、飛び切りの一枚をホーム画面に設定する。
その写真を前に暫く余韻に浸っていた穂波だったが、その視界に唐突に京平の姿が飛び込んできた。
「穂波?」
「京平?」
「どうした?大丈夫か?」
うっすら滲んだ涙を見られたのか、京平が少し心配そうに尋ねてきた。
「うん、大丈夫」
何でもないという風に首を振りつつ、穂波はそっと目尻を拭う。
「聖は?」
一緒の世界に行ったはずの聖の姿は見えない。
「ああ、パラディンの師匠が見つかったから、延長して修行してる」
まさかの衝撃の事実に、穂波は驚きを隠そうともしなかった。
「うっそ!ホントにパラディンと出会えたんだ!ちゃんと当たりあるんだね……」
感慨深げに呟く。
「じゃあ、京平も一緒に残れば良かったんじゃない?だって、パラディンいたって事はファンタジー世界な訳でしょ?」
ゲーマーの京平なら、こんな機会を逃すとも思えない。
「まあ、色々あるんだよ」
「そ。まあ、京平がそれでよかったなら、それでいいんだけど」
その京平の微妙な表情につられたのか、穂波も微妙な表情で頷く。
「穂波こそどうだったんだよ。何かあったか?」
何か、と訊かれてさっきまでいた世界の事を思い出す。目的は果たせていないけれども、自分にとっては当たりの世界。穂波は微笑みを浮かべて答えた。
「うん。色々あったよ」




