要塞研究所 8
「お疲れ。いやはやまったく見事なものだね」
戻ってきた二人をメアリーが手を叩いて迎える。その姿を見た穂波は、驚きで目を丸くした。
「メアリーさん、その脚!?」
その左脚は、まるでヴィルが着けている義肢のように鈍い金属の輝きを放っていた。慌ててヴィルの脚に目をやると、確かに同じような義肢がそこにある。
「元々、ヴィルの飛行機能は一瞬の移動力強化を念頭に置いたものでね。こんな長距離を、ましてや人一人抱えて飛ぶ事など想定していないのだよ。まあ、ワタシの作った物だから実際には何ら問題はないがね」
自慢げに頷きながらメアリーが説明を始めるが、ヴィルの脚の性能がメアリーの脚にどう繋がるのか、穂波にはさっぱり分からない。
「とは言え、流石にこの距離の往復は酷使と言わざるを得ない。念の為、キミを助けに行く前に交換したという訳さ」
「こうかん?」
理解が追い付かない様子の穂波だが、メアリーは気にせず話を進める。
「ワタシの体はヴィルの予備パーツも兼ねているのだよ。もっとも、右腕と左脚以外の出番はないのが残念なところさ。折角なのだから、もっと有効活用してもらいたいものなんだがね」
「嫌よ。これ以上、私が私でなくなるのはごめんだわ」
即座に切って捨てられたメアリーは少し残念そうな表情を見せたが、それ以上は何も言わなかった。
「えっ?じゃあ、メアリーさんて……」
困惑しきった表情の穂波を見たヴィルは、メアリーに問いかける。
「ねえ。貴方、ちゃんと話した?」
「ん?どうだったかな?」
少し考え込む。
「生き残ったのはヴィルと人狼達だけという話はしているが」
分かるだろう、とヴィルを見るが、呆れたように首を振られてしまう。
「それじゃ分からないわよ」
「何故だね。少し考えればヴィルでも人狼でもないワタシがどうなったか、すぐに分かるじゃないか」
「そんな話されている時に、そこまで誰も考えないわよ」
「全く論理的でないね」
今度はメアリーがやれやれとばかりに肩を竦め首を振った。
「ロボット?」
穂波の言葉に思わず眉を顰めるメアリー。
「これは義体だよ。三次元の世界に影響を及ぼす為のマニピュレーターに過ぎん。ワタシ自身は電子の海にいる」
「……」
穂波の反応が芳しくないのを見たメアリーは、諦めたように肩を落とした。
「ロボットではないという事だけ分かってくれれば、それで良いよ。その言葉は嫌いだ」
「あっ、はい……」
何となく理解が追い付いてきた穂波が、何となく頷いた。
「つまり、電気信号ってわけね」
身も蓋もない穂波の物言いにヴィルが笑い出す。
「……その言い方もやめてくれ……ヴィル、キミは笑いすぎだ」
メアリーは大きく肩を震わしているヴィルを軽く叩こうとした。だが、ヴィルは身を捻ってそれを躱しては笑い続ける。するとメアリーは珍しくむきになり、ヴィルを叩きにかかった。
「そっかー、なるほどねー」
そんな二人のじゃれ合う様子を見ながら、穂波は一人頷いていた。死者の街で体験したメアリー絡みの不思議な出来事も、今の話を聞けば納得がいく。あの街はメアリーそのものだと言っていいのだろう。
「その……君達はいつもこんな感じなのかい?」
ほったらかしにされているDr.が遠慮がちに声をかけてきた。まともに話が出来るのは穂波だけだと感じ取ったらしい。
「うーん、じゃないですかね。ま、私も一昨日出会ったばっかりだから、よく分かんないですけど」
「そ、そうか……」
あっけらかんと答える穂波に、結局言葉を失う羽目になるDr.。この子もやはりどこか変わってる。助けてもらった恩が無ければ、今すぐにでもここから離れたい気持ちで一杯だ。
「姉さん。この後どうするの?」
そんなDr.の気持ちを知ってか知らずか、暢気な口調で穂波がヴィルに尋ねる。
「おお、そうだった、そうだった。Dr.、キミには二つの選択肢がある」
どう足掻いても叩けないと悟ったメアリーは、そう言いながらDr.に近付いて行った。ヴィルも後に続く。
「一つはこの爆発に巻き込まれて死んだ事にする。そうすれば、早晩キミの偽の死体はこの付近で発見され、世間は悲嘆にくれるだろう。その間にキミは新たな身分を手に入れ、第二の人生に踏み出すという訳さ。心配はいらない。新しい身分はこっちで用意する。キミは存分に第二の人生を謳歌すればいい」
「……その場合、私の家族はどうなる」
「必要とあらば同じように死亡事故と新たな身分を用意しよう。一家揃って新天地での生活も悪くないだろうさ」
「そうか……」
考え込むDr.を尻目に、メアリーが二つ目の提案をする。
「もう一つはこのまま無事に生き延びて帰る。誰も悲しむことのない、めでたい結末って奴さ。さあ、どっちにする?」
「でも、それって危険じゃない?」
口を挟んだ穂波に、メアリーは笑顔で頷いた。
「それはそうだろう。今日みたいな事件が毎日のように起こる可能性だってあるさ」
「どっちなら私の患者に会うことが出来る?」
「それは、二番目しかないだろうね。まあ、最初の案でも可能ではあるが。そこから足が付くのは間違いない。せっかくの新生活もパーになること請け合いさ」
「……」
その答えに、Dr.再び考え込む。それを見ていた穂波達から冷たい視線を浴びせられたメアリーは、しょうがないといった感じで言葉を足した。
「どちらにせよ、Dr.をむざむざ混沌の手に渡すのは我々の本意ではない。それなりの護衛はつけるし、有事の際にはワタシが対処する事を約束しよう」
Dr.はそんな事が出来るのか、とは聞かなかった。僅かばかりの時間ながら人知を超えた姿を見せられているのだ。間違いなくできるのだろう。そんな彼女達がわざわざ自分の為に力を割くと言うのだ。何か理由があるに違いない。
「……囮、と言う訳か」
その言葉にメアリーは一瞬目を丸くし、そしておかしそうに笑いだした。




