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要塞研究所 7

「?」


 突然の事に全員が視線を向けてしまう。生き残っていたモニター群は極彩色の紋様をでたらめに流し始めると同時に、脳を鷲掴みにするような不快な音も流し始めた。


「な……に?」


 脳内に何かが侵入してくるような嫌な感覚。


「だめ……」


 穂波はヴィルの方に手を伸ばそうとするが、近くにいたはずの彼女の位置すら分からない。

 必死で耐えようとするが、徐々に意識が朦朧としてくる。だが次の瞬間、意識がクリアになったかと思うと、目の前に見知った顔が浮かび上がってきた。


「……ユキ?」


 ここにいるはずのない結希子だ。


「ダメだ!見るな!見せるな!今のヴィルはまだ……」


 遠くで誰かが叫ぶ声が聞こえた気がするが、今はそんな事はどうでも良かった。


「ナミちゃん」


 結希子が笑いかけて来る。


「ユキ……どうしたの?」

「どうしたって?分からない?」


 結希子の笑顔が邪悪に歪む。


「私、ナミちゃん嫌いなの!憎いの!だから……」


 けたたましく笑ったかと思うと、目鼻口から血を吹き出し更に笑い狂う。


「楽しそうにしてるナミちゃんの為にね、こうやって会いに来てあげたのよ!」

「ユキ……」


 余りの事に言葉を失う穂波。結希子はそんな穂波の前で楽しげにゆらゆら揺れながら呪詛の言葉を吐き続ける。


「ねえ、異世界って楽しい?楽しい?うん、きっと楽しいよね、だってナミちゃん元気だもん、人気者だもん、どこに行っても愛されるよね」

「やめて、ユキ!」

「どうして?ねえ、どうして私なの?何でナミちゃんじゃなくて私が苦しまないといけないの?ねぇ」


 目を瞑っても、耳を塞いでも、結希子は消えてくれない。


「やめてよ、ユキ!」


 必死で目の前の結希子から逃れようと叫ぶ穂波。その勢いに押されたのか、一瞬呪詛が止む。


「……ア……リス……」


 その僅かな静けさの中に、穂波は誰かの嘆きを聞いた気がした。今までに聞いた事のない位、深い苦しみと絶望に満ちた声だ。

 何故だかその声は自分の胸に突き刺さる。さっきまでの自分の苦しみ等、比べ物にならない。


「……姉さん!」


 ヴィルは仲間だけでなく一族も喪っている。それに比べたらまだ何も失っていない自分の苦しみ等、無いも同然だ。

 結希子の呪詛はまだ続いている。だが、その声は穂波に届かなくなりつつあった。

 『おねリン』に乗ったあの日あの瞬間、覚悟は決めている。何があろうとユキを助ける、と。もし本当にユキに嫌われていたって構わない。何故なら、私がユキを好きだからだ。

 そこでようやく穂波は目の前の結希子の不自然さに思い当たり、今まで気づかなかった事への自虐の笑みを浮かべた。

 結希子の怒った姿は殆ど見た事がない。聖や京平がたまに怒られている程度だ。だが、自分も一度だけ大喧嘩をした事があった。そして、その時の結希子の言葉は今でも覚えている。

 『穂波のバカ』だ。

 聖や京平も怒られる時は、普段のヒー君、キョー君呼びでなく聖、京平と呼ばれていた。目の前の結希子が本物なら、この状況でナミちゃんとは呼ばない。


「……趣味悪すぎ」


 目の前の結希子が偽物だと理解しても、その姿は消えていないし油断すればその呪詛が耳に届く。それはきっと自分の心の弱さの証拠だろう。自分の中に結希子に対する黒い感情があるのもまた事実だ。

 穂波は無意識に左腕の傷口を強く掴んだ。傷の痛みとヴィルの服の感触が意識を現実へ引き戻す。


「ヴィル姉さん……」


 どこにいるかは分からないが、声が聞こえる以上は近くにはいるはずだ。


「姉さん、貴方の仲間は、一族の人達は、誰も貴方を恨んでない、嫌ってない」


 それは間違っていない自信があった。映画館で聞いたヴィルの話。どのエピソードにも周りの人達との絆が感じられた。


「……そんな……こと……」


 ヴィルの声はまだ弱々しい。穂波は声の聞こえた方へ這うように進み出しながら手を伸ばす。


「でも、でも、もし、姉さんが皆に嫌われたとしても。私は絶対に嫌わない。何があっても、どんな事があっても」


 伸ばした手が何かに触れる。間違えようもない、ヴィルの服の感触だ。


「貴方は私の大事な姉さんだから」


 そのまま服を掴むと自分の方に引き寄せる。


「だから、負けないで!」


 穂波の絶叫が辺りに響き渡る。どこかで何かが爆ぜる音がしたかと思うと、目の前の結希子が消えた。

 我に返った穂波が辺りを見回した。モニターは全てブラックアウトしている。結希子が消えたのはそのせいだろう。

 ヴィルは目の前で呆然とした表情で座り込んでいた。声を掛けるが反応はない。メアリーのロボとドローンは煙を吹いて地面に転がっている。もはや使い物にはならないのは明白だ。

 そして廊下からは、四機目のロボが迫って来ていた。


「……私も、負けないから……」


 ふらつきながらも必死で立ち上がる穂波。体を引きずるようにして、ヴィルとロボの間に立ちはだかる。


「……悪いけど、姉さんに手出しはさせないわよ」


 ロボの腕から鋭利な刃が伸びる。接近戦用の武器なのだろう。その切っ先を穂波に突きつけるが、穂波は動じない。


「やるならやればいい。でもね、私も姉さんも決して負けないから。って、人の心を抉ってくるようなあんた達には分からないか」


 不敵に笑いかける。だが、ロボは何の反応も示さず刃を振りかぶり、そして振り下ろした。


「!」


 斬られる事を覚悟した穂波だったが、その身に刃は届かなかった。ヴィルの左手が刃を掴み、押し返していたのだ。


「姉さん!」

「全く、この程度で私をどうにか出来ると思ったのかしら。どいつもこいつも、私を舐めすぎよ」


 そのまま刃を握り砕く。


「ホントに?」


 悪戯っぽく聞いた穂波に、ヴィルは少し恥ずかしそうに答える。


「いいえ、嘘よ。助かったわ、ありがとう」

「どういたしまして」


 ヴィルはそのまま目の前のロボに無造作に近づくと、照れ隠しのように激しく殴りつける。たちまちスクラップと化すロボ。

 振り返ったヴィルは、その様子を唖然と見ていた穂波に笑いかけた。


「さ、帰りましょう」

「……うん」


 行きのように穂波がヴィルにしがみつく。すると、タイミングよくメアリーの声が聞こえてきた。


「早く脱出したまえ。さもないと建物の爆破に巻き込まれるぞ」

「は?」

「ボリスには警官を連れて逃げるよう指示した。後はキミ達だけだ」

「どういう事よ」


 窓に向かって走り出しながらも、文句を言う事は忘れない。


「システムを暴走させて自爆させる。何、諸々の後始末を考えるとこれが一番手っ取り早い」

「……相変わらず雑ね」


 呆れながらも外へ飛び出すヴィル。その背後で建物が轟音と共に火を噴き、そして崩れ落ちていった。


「何、いつもの事だろう」


 メアリーが事も無げに言い、ヴィルがそれに応えて笑う。


「確かにね」

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