要塞研究所 3
「じゃあ、行きましょうか」
暫くその場に留まり建物からの反撃がないことを確認すると、ヴィルは遮る物が無くなった室内へとゆっくりと降りていった。調度品も殆どない殺風景な部屋だ。歓待する為の場所ではないのだろう。
「……随分と派手な演出だな……」
部屋の中ほどにあるソファーに力なく座っていた初老の男性が呆れたように呟く。窓を破って入ってきた二人を見ても、それほど驚いていないようだ。
男性に目を向けたヴィルは、そのまま視線をずらし用心深く室内を見渡した。広い部屋ではあるが、人影は他にない。とりあえずの危険はなさそうと判断し、穂波を床へ下ろす。
「なんだろ、あれ?」
床に降り立った穂波は、ソファーを取り囲むように設置されている無数のモニター群を見て目を丸くした。それらの画面は全て男性へと向けられている。
「……優雅に映画鑑賞、というわけではなかろう」
首を傾げていた二人の耳に、興味深げなメアリーの声が届いた。気が付けば、ドローンが何かを調べるようにモニターの周りを飛び回っている。
男性は勝手気ままに振舞う二人を戸惑い気味に見ていたが、やがて吐き捨てるように呟きうなだれた。
「……どういうつもりかは知らないが、私の気持ちは変わらん。協力する気はない」
「……少々状況判断に難はあるが、正気ではあるようだな」
いつの間にか、ドローンが男性のすぐ傍まで移動している。
「問題が起きる前にさっさと話を済ませたまえ」
メアリーがそう言うと、ドローンはまたどこかへと飛んでいく。その言葉に従った訳でもないだろうが、まずヴィルが男性に話しかけた。
「貴方がDr.ホルツマン?」
「……何を分かりきった事を。知っていて私をここへ連れて来たのだろう?」
「知っていれば確認なんかしないわ。知らないから聞いているのよ」
「どういう事だ?」
話がかみ合っていないことに気付いた男性が顔を上げる。
「私達が誘拐した訳ではないという事よ。だいたい、誘拐犯の一味なら、こんな所から入ってくる訳ないでしょう?」
そう言ってすっかり風通しの良くなった窓を指す。そこでようやく状況の異常さに気付いたのだろう。男性に動揺が走る。
「い、いや、確かに言われてみればそうだ……だが、君達はいったいどうやって……」
男性の目は二人の背後、窓の向こうに広がる空へ向けられていた。
「そんな事はどうでもいいわ。今大事なのは、貴方がDr.ホルツマンかどうかよ」
ヴィルに厳しい目を向けられ、男性は慌てて頷いた。
「いかにも、私がホルツマンだ」
「そう。それなら私達は貴方の敵ではないわ」
「助けに来てくれたのか!」
Dr.の顔が輝く。
「……そうね。でもその前に、この子の話を聞いてくれるかしら」
ヴィルがそっと穂波の背を押しやる。
「貴方に聞きたいことがあるのよ」
「あっ、えっと……」
穂波が話しかけようとした瞬間、少し慌てたメアリーの声が聞こえてきた。
「ヴィル、セキュリティロボが一体そっちに向かっている」
「……すぐに制圧出来るんじゃなかったかしら?」
「侵入経路が見つからないのだよ。全く困ったものだ」
メアリーの口調からは困っている感じが伝わってこない。
「……本当にね」
ヴィルは軽く穂波の肩を叩くと、廊下に続くであろう扉へと歩き出す。
「こっちは私が何とかするわ。その間に話を済ませなさい」
「あ、うん……姉さんも気を付けて」
その言葉に軽く左手を上げて応えたヴィルが廊下に姿を消す。
「それで、話と言うのは何だい?」
ヴィルの姿が見えなくなったところで、Dr.が改めて穂波に訊く。
穂波は一度大きく深呼吸をして心を落ち着ける。そしてユキの病状を伝えると、治療の望みを尋ねた。
だが、返ってきたのは望みの無い答えだった。
「……すまない。私の力では……」
苦しげな表情で頭を下げるDr.の姿に、穂波は慌てて両手を振る。
「いいんです、いいんです。頭を上げて下さい。もしかしたらって勝手に私が来ただけなんですから」
話を聞いてもらっている時にこの答えは予想が出来ていた。寧ろ病名を告げた瞬間、Dr.の顔色が変わった事で悟っていたと言ってもいい。
それでも、ほんの僅かな間だったが、Dr.は真剣にユキの病状に向き合おうとしてくれた。それは穂波にもよく分かる。だからこそ治療の術が無いという現実にDr.も肩を落とすのだろう。
「……私の担当にも同じ病気の子がいてね……まあ、もう何年も直接は看れてはいないんだけどね……担当医とは連絡を取ってはいるが、やはり自分の目で見れないとなるとなかなか難しくてね……」
力なく話すその姿に、ふと不安を感じた穂波はDr.に駆け寄るとその両肩を掴んだ。
「諦めてないですよね?」
「えっ?」
「治療法!諦めてないですよね!」
必死の表情で迫ってくる穂波に気圧されつつも、Dr.は小さく、だがはっきりと頷いた。
「ああ、勿論だとも。見つけるまで、死ぬに死ねんよ」
その答えに穂波は泣き笑いのような表情を見せた。
「良かった……絶対ですよ、絶対に諦めないでくださいよ。この世界でユキのように苦しむ人が居なくなるように……」
「……この世界?君はいったい……」
Dr.の言葉に余計な事を口走った事に気付いた穂波は、慌てて立ち上がると取り繕うように廊下の方に視線を向ける。




