要塞研究所 2
「今のところDr.も客人扱いらしく、あの見晴らしのいい部屋に軟禁されている。突入すればすぐに会えるだろう。僥倖だな」
「Dr.の身柄は?」
「話さえ済めば、警察に任せる方が面倒が少なくていいと思うがね」
そう言ってパトカーの群れに目を向ける。数人の警官が姿を現しているが、遠巻きに建物を見ているだけで動きはない。
「大丈夫なの?」
不信感丸出しのヴィルの言葉に、メアリーは頭をかいた。
「……おそらく。まあ、いざと言う時の為にボリスを紛れ込ませている。何とかするさ」
「そう。まあ、頼むわね」
「任せておきたまえ」
メアリーの安請け合いに、大きなため息をつくと穂波に手を差し出す。
「さて、じゃあ行きましょうか」
反射的にその手を掴んだ穂波だったが、相変わらず状況が全く掴めていない。
「えっ?行くってどうやって……」
「飛んでいくのよ」
「えっ?飛ん……えっ?」
理解が追い付かずキョトンとした表情を浮かべる穂波。ヴィルは微笑みを浮かべると、そのまま穂波の腕をグイっと引っ張り抱き上げてしまう。
「えっ?ちょ、ヴィル姉さん?」
「ちゃんと掴まっていてね。誰かと一緒に飛ぶのは初めてだから」
ヴィルがそう言うや否や、左脚から一段と大きなモーターの駆動音が聞こえてくる。穂波が慌ててヴィルの首筋にしがみついた次の瞬間、激しい爆発音と共に二人の体が宙へと舞う。
「!」
あまりの勢いに悲鳴も出ず、ただ目を瞑って耐える穂波。
慣れない荷重に二度三度とバランスを崩したヴィルだったが、すぐに体勢を整えた。安定した事を感じ取った穂波が恐る恐る目を開けると、眼下には青い海が広がっている。
「……飛んでる……」
「だからそう言ったじゃない」
呆然と呟く穂波に、ヴィルが呆れたように応える。
「まあ、そんなに長く飛べる訳ではないけどね」
左脚はスーツどころか皮膚まで焼け落ち、金属の義肢が剥き出しになっていた。そこから噴き出す炎を上手く制御し、ヴィルはゆっくりと建物へと近付いていく。メアリーのおかげか、今のところ建物側に動きはない。
十分近付いたところで、ヴィルが穂波に声をかけた。
「覚悟はいい?」
「う、うん……私はいいけど……」
穂波の答えは少し歯切れが悪い。
「どうかした?」
「吸血鬼って、招かれなくても建物に入れるの?」
思い返してみれば、昨日のダイナーも今日のコーヒーショップも、ヴィルは店員に確認を取ってから足を踏み入れていた。何となくその様子を見ていた穂波は、てっきり伝承が真実なのだと思っていた。
「ん?……ああ、そう言う事にも出来るわよ」
一瞬何を言われているのか理解出来なかったヴィルだったが、暫くすると少しおかしそうに笑った。
「どういう事?」
今度は穂波が理解出来ない番だ。不思議そうにヴィルの顔を見詰めている。
「人間を籠絡しようとする時にね、わざとそう言う制約をつける事があるのよ。貴方に招かれない限り、私は貴方の下へは行けないってね」
「どうして?」
「招かれないと来れないはずの吸血鬼が実際目の前に来るとするじゃない?そうすると、自分自身で吸血鬼を受け入れたんだって、心の壁が崩れて籠絡しやすくなるのよ。まあ、実際には吸血鬼側がありとあらゆる手練手管を使ってくるから、人間に抗えるはずもないのだけどね」
「そうなんだ」
「ええ。だって、考えてもごらんなさい。いちいち招かれないと入れなかったら……」
ヴィルはそう言いつつ右手を窓に差し向ける。その手は高周波音を発したかと思うと、激しい衝撃波を生み出した。
「!」
おそらく強化ガラスであろう分厚い窓がいとも簡単に粉々に砕け散る。
「こうやってカチコミかける時に不便で仕方がないでしょ?」
「う、うん……」
ヴィルが笑いかけてくるが、応える穂波の笑顔はぎこちない。窓を粉砕した余韻で、カチコミ、という言葉が必要以上に物騒に聞こえてしまっては仕方がない。




