要塞研究所 1
数時間後、ヴィルと穂波は太平洋を望む崖の上に立っていた。
太陽に照らされた大海原が青く美しい。
「……やっぱ、アメリカだ……」
その光景に圧倒されている穂波の背後では、ヴィルが遠くを見据えていた。目深に被ったピクチャーハットのせいで、表情を窺い知る事は出来ない。
だが一瞬強く吹いた潮風に帽子が煽られ、その顔が日光に晒された。不愉快な光に目を細めたヴィルが帽子の位置を直す。その様子に気が付いた穂波は、思わず呟いていた。
「本当に大丈夫なんだ……」
メアリーから聞いてはいたが、改めて陽光の元に立つヴィルを見ると不思議な感覚に襲われる。
「……ええ。だからって当たりたいとは思わないけど。灼けないだけだしね」
帽子に手を添えたままヴィルが答えた。ビジネススーツには不似合いな豪奢な帽子だが、ヴィルが被ると不思議と様になって見える。
「だから、その帽子なの?」
穂波の素朴な質問に、帽子の陰からヴィルが微かに笑う声が聞こえてきた。
「そうね。おかしいかしら?」
その視線が一瞬身に纏うスーツへと向けられる。
「ううん。意外と似合ってると思うけど……」
「意外と、ね」
「あ、いや、別に悪い意味じゃなくてね……」
慌てる穂波の姿を見て、ヴィルはまた微かに笑い付け加えた。
「まあ、単純に好きだからというのが大きいんだけどね」
「そっか。私も好きだよ」
「そう?ありがとう」
そんな二人の耳に、のんびりとした足音が聞こえてくる。
「もう着いていたか。結構結構」
遅れて到着したメアリーが、ゆっくりと近づいてきていたのだ。
「あそこ?」
ヴィルが少し離れた所に建つ、豪華な邸宅を指した。崖に突き出すように建てられたそれは、最早要塞と言っていい様相を示している。
「ああ。例の企業のCEOの別荘だが、実際は研究所みたいなもんさ」
「そう」
「Dr.があそこに囚われているのは間違いない。その映像を警察にも流したから、そろそろ来ると思うんだが……ああ、来た来た」
メアリーの言葉通り、数台のパトカーが建物に向かっている。それを確認したメアリーは、ポケットから小型のイヤホンを取り出し二人に付けるよう指示した。
「これでワタシの声は聞こえるだろう。キミ達の声も拾えるようになっているから、お互い意思疎通に困る事はない」
何も言わず耳に嵌めるヴィルを見習い、穂波も同じように着ける。意外としっかりフィットしているのか、軽く頭を振ってみるが外れそうな感じはない。
その様子を見たメアリーは、軽く手を叩いた。
「さて、では、始めようか」
「まだ何も聞かされてないけど?」
ヴィルの言葉にメアリーは悪びれる事なく答える。
「何、説明するほどの事もない。正面からは警察が突入するから、キミ達はあそこから突入してくれればいい」
「えっ?」
メアリーは何でもない事のように海に面した窓を指している。
「……そんな事だと思ったわ」
呆れたように言うヴィルだが、驚いている様子はない。
「えっ?えっ?」
状況についていけていない穂波は、ただただ二人の顔を交互に見比べることしか出来ないでいた。
「セキュリティは既にあらかた抑えているから心配はいらない。ただ、屋内にはスタンドアローンのシステムがいくつも存在するみたいでね。こっちには現状、手出しは出来ていない」
「危険は?」
「無いわけないだろう?重武装のセキュリティロボが五機、邸内を警備している。残念ながらこいつらにもアクセス出来ていない」
「……ネットに繋がってないと、本当に弱いわね」
ヴィルの言葉に、メアリーは軽く肩を竦める。
「電子の海の住人なのだから仕方ないだろう。何、物理的に接続さえしてしまえば、すぐに制圧出来る」
メアリーはそう言うと小さなドローンを取り出し、宙へ放った。
「道さえ作ってくれたら、こっちで勝手にやるさ」
そう言ってヴィルの周りを静かに飛び回らせて見せる。今度はその様子を見たヴィルが軽く肩を竦めた。




