no time to help 7
「待って!」
「何かしら?」
足を止めるが振り返ろうとしない。思わず声を掛けてしまった穂波は、その姿に一瞬次の言葉が出なくなる。
だが、ギュッと拳を握り勇気を振り絞る。
「私も連れて行って!」
一緒に行ったところで自分に出来る事などないかもしれない。それでも、ただ待つというのは嫌だった。
必死な瞳でヴィルの背を見つめる穂波を、メアリーは楽し気に見つめている。
「……いいわ。おいで」
少しだけ悩んだヴィルは、振り返ると左手を差し出した。
「うん」
迷わずその手を掴み立ち上がる穂波。その様子を見たメアリーは軽く手を叩いて喜んだ。
「そう、それでいいのだよ、ヴィル。自分の心に素直に。悪い気分ではあるまい?」
「準備をしてくるわ。どこへ向かえばいいのか、後で連絡をちょうだい」
質問には答えずそう言い捨てたヴィルに対し、メアリーはやれやれとばかりに肩を竦めた。
「了解した。ああ、ボリス。キミには別の役目がある。悪いがワタシと一緒に来てくれたまえ」
二人の後を追おうと立ち上がりかけたボリスだったが、その言葉に面白くなさそうな表情を見せながらも席に座り直す。
「あ、あの、メアリーさん?」
ヴィルについて席を立った穂波だったが、すぐに足を止めた。
「何だい?」
「あの……今回の事件、私が来たから、という事はないですか?」
「どういうことだい?」
「その、私がDr.に会いに来たから……だから、そのせいでこの事件が発生したのだとしたら……」
全てが自分の転生のせいだとしたら……
『転生者、現世、異世界の三方良しを目標としているんですがねぇ』
あの神の事だ。嫌味ったらしく色々言ってきかねない。いや、神どうこうではない。自分のせいならば、自分で後始末をするのが当然だ。
「ふむ……」
暫く穂波の質問の意味を考えていたメアリーは、やがておかしそうに笑い出した。
「いやいや、面白い、実に面白い考えだ。だが、ホナミ。キミは自分をこの世界にとってそんなに重要な存在だと思っているのかね?」
「えっ?いや、そんな事はないけど……」
「だろう?異世界から紛れ込んできたキミなど、この世界にとっては単なるノイズさ」
「そっか……」
ホッとした表情を見せる穂波。
「そうだとも。だいたい、キミはワタシの話を聞いていたかのかね?業を煮やしたからこその実力行使だと言ったろう?全ては偶然だよ偶然」
そう言うと、さっさと行けとばかりに手で追い払う仕草を見せる。
「下らない事を気にしてないで、さっさと行きたまえ。いい加減ヴィルが痺れを切らす」
穂波の背後で心配そうに成り行きを見守っていたヴィルだったが、その言葉に平静を装う。
「うん。ヴィル姉さん、行こう」
心のつかえが取れた穂波の笑顔に、ヴィルもホッとした表情を見せた。二人並んで店を出て行く様子を眺めながら、ボリスが問いかけた。
「本当か?」
「何がだい?」
「とぼけるなよ、今の嬢ちゃんの話さ」
疑いの目で自分を見るボリスを、メアリーは鼻で笑い飛ばした。
「何か気になる事でも?」
「別に。ただ偶然にしちゃ、出来すぎだろうが」
「キミでもそんな事を気にするのかい?」
大袈裟に驚いて見せるメアリーを、ボリスが睨みつける。
「……そうだな。確かに偶然が過ぎる。だがね、考えてもみたまえ。ホナミがこの世界へ来なかったとしたらどうなってたと思う?」
「どうって……どうにもならねぇだろ」
メアリーの質問の意味が分からないボリスが不思議そうに答える。
「そう。どうにもならなかったのさ。ワタシ達は事件に気付く事もなく、ただ死者の街で死者と戯れ続けてた事だろう」
「おいおい、それって……」
メアリーの言葉の意味に気付いたボリスが驚愕の表情を浮かべる。
「そうさ。さっきも言った通り連中は遅かれ早かれDr.に手を出したに違いない。それがたまたまホナミがこの世界に来たタイミングだったと言うだけさ。だがおかげで、ヴィルが今、ここにいる」
そこまで言うとニヤリと笑ってみせた。
「何か一つでも欠けていれば、Dr.は命を落とすか取り込まれるかされ、混沌がまた勢力を拡大した事だろう。だが、そうはならなかった。もし、誰かがこの偶然を企図したと言うならば、それはもう神の差配と言ってもいい。全くもって科学的ではないがね」
ひとしきりおかしそうに笑い立ち上がる。
「さて、それでは、ワタシ達も向かうとしようじゃないか。久しぶりのパーティーだ、ワクワクするねぇ」




