no time to help 4
ボリスの言葉通り、一行は夜の遅くに目的地に着いた。
中心街を抜け下町の方まで走り、小さなホテルの駐車場に車を滑り込ませる。
「アメリカだ……」
車から降りた穂波が思わず呟く。辺りの風景は映画やドラマで見るアメリカのダウンタウンそのものだ。
「……まあ、アメリカだしね」
ヴィルが笑う。
「……そうなんだけど」
ヴィルの話を聞く限り、怪奇の世界の住人達がいる以外は自分の知っているアメリカと全く変わりがない。建国の父はベンジャミン・フランクリン達であり、湾岸戦争も起きている。
思い出してみれば、琵琶湖の神が作った世界も殆ど滋賀だった。それならば、殆どアメリカのような世界が存在することも、然程おかしなことではないのかもしれない。それでも転生の神はアメリカ風だと言い張るだろうけど、と想像して思わず吹き出し、ボリスに呆れられてしまう。
「何がそんなに面白れぇんだか」
その言葉に何でもないという風に手を振る穂波からホテルへと視線を移したボリスは、誰へともなくボヤいてみせた。
「お嬢の事だから、もうちょっと洒落たホテルにでも泊まるもんだと思ってたんだが……」
「仕方ないでしょ。本物が泊まるホテルがここなんだから」
「まあ、別に一晩寝るだけだから何処でも構いやしねぇけどな」
そういうとさっさと館内へと姿を消す。ヴィルはその姿を見送ると、辺りをキョロキョロ見回している穂波に声をかけた。
「ねぇ、貴方はどうする?」
「ん-、ちょっと辺りを見て回りたいかなって。実は私……アメリカ初めてだから」
「なら、少し散歩でもしない?」
そうヴィルに誘われた穂波は二つ返事で同意し、二人は肩を並べて歩き出した。
物珍しそうに辺りを見回しながら歩く穂波を、優し気な笑みを浮かべて見守るヴィル。
とりとめのない話をしながら街を歩き回った二人は、一軒のダイナーを見つけそこで遅い夕食を取る事にした。
「二人なのだけど」
ヴィルの言葉にウェイトレスは好きな所に座れとでも言うように店内を顎で指す。時間が時間だけに、他の客の姿は殆どない。
「何にする?」
奥の席に着いたヴィルは、そういってメニューを穂波に差し出した。とりあえず目を通してみる穂波だったが、例によって文字は読めない。だが、幸いにもいくつかは写真が載っている。
「これにしよっかな」
穂波が指差したのはステーキだ。
「いいわね。じゃあ、私もそれにしようかしら」
そう言ったヴィルはウェイトレスを呼んで注文を済ませる。穂波はお薦めされたミディアムでオーダーしたのに対し、ヴィルのオーダーは限りなく生に近いレアだった。
そんな血の滴るステーキではあるが目の前で普通に食事をするヴィルの姿に、穂波はどうしても訊かずにはいられなかった。
「普通にご飯食べるんだ」
「ん?まあ、別に必要ないんだけどね。私が食べないと、貴方気にするんじゃない?」
「えっ?あ、うん、そうかも……」
穂波はその状況を想像し、そして頷いた。確かにヴィルを差し置いて一人で食事をするというのは落ち着かないに違いない。
「気にしなくていいのよ。別に嫌いじゃないし。まあ、こんな物、口に出来るかって言う連中もいるんだけど」
ヴィルは気にした様子もなく食事を続ける。
「それって、血を吸うからって事?」
「ええ」
「そっかそっか、だって吸血鬼だもんね」
改めて納得したように一人頷く穂波。
「ねぇ、こんなこと訊いていいのか分からないんだけど……」
メアリーの話を聞いた時から少し気になっていた事がある。面と向かって聞くのも憚られる気がしたのだが、今なら聞ける気がする。
「……一族を喪ったって聞いたけど、血を吸って仲間を増やそうとは思わなかったの?」
吸血鬼なら同族を増やすのも容易い気がするのだが。
「……私達の一族はね、滅多に眷属を作らないのよ」
「えっ?」
「人との調和を図るため、世界の秩序を保つため、私達は自らに強い制約を課しているの」
驚く穂波を前に、ヴィルは淡々と話を続ける。
「私達が眷属を作るのは、生涯を共にする伴侶を得る時、花嫁を娶る時だけ」
「花嫁……」
「まあ、花嫁と呼ぶようになったのは最近なんだけどね。映画の影響」
「ああ……えっ?」
勿論、その映画は穂波も見た事がある。だが、ヴィルの言う花嫁とはイメージが違う。
「映画を見た誰かが言いだして、響きがいいからそのまま使われてるだけよ。深い意味がある訳じゃないわ」
「なるほど」
「だから私達の一族は殆ど増える事がない。低級な眷属を生み出すなんて以ての外だしね」
「そっか……」
例え一人になってもその制約を守るという事なのだろうか。そんな思いで穂波がヴィルを見つめるが、その表情から心の内を窺い知ることは出来なかった。
「私達は世界のバランスを簡単に壊すもの」
確かに、それはそうかもしれない。だが、天涯孤独の身となってしまっても仲間を増やせないのだとすると、それは辛い事じゃないだろうか。そんな思いが穂波の胸を去来するが、かける言葉が思いつかない。
「ほら!さっさと食べてしまいましょう。貴方にとって明日は大事な日になるかもしれないんだから」
ヴィルが明るく言って、暗くなりかけた空気を振り払う。穂波はそれに笑顔で応えると、残りのステーキに取り掛かった。
もし、明日が大事な日になったとしたら、私はどう思うのだろう。
期待と不安が混じり合った複雑な表情で食事をする穂波を、ヴィルはまさに姉のような優しげな表情で見守っていた。




